おやすみ

「ごめん。2人の邪魔をしちゃった……」

「そんなことないよ。一緒に寝ようね」

「そんなことは全く思っていませんので、心配をなさらないで下さい」

「あ……よろ、しく」


 入浴のあと、亜紀は皆の洋服を洗濯するために自宅へ戻り、3人は再び泊まっている部屋に戻っていた。


 ダウンライトは眠気を妨げないように、ほのかな温かみで室内を照らしている。

 みづきを挟んで凜霞と蛍と3人でベッドに並んで腰を掛け、ただぼんやりと部屋の中に目線を泳がせていた。


「今日はどういう風に寝ようかな」

「ん、僕はどこでもいいよ。そっちのソファでも、床でも、入り口の近くでも」

「ダメだよ、ちゃんとベッドで寝るの。3人で並べるから」

「僕は本当にどこでもいいんだけど……」

「ほ、た、る、さ、ん」

「あぁ、ゴメン! わかったよ、ベッドで寝るよ。……なら、2人の足元とかはどうかなぁ」

「それじゃ、蹴られて落ちちゃいます」

「僕はむしろ蹴られたい……じゃなくて、蹴られてもいいけど。どうしても並んで寝ると言うのなら、できれば端がいいなぁ。真ん中だと緊張して眠れないよ」

「うん。凜霞ちゃんも人がいると眠れない?」

「病室で暮らしているので、眠れないことはないです。……ですが、人の気配は気になります」

「それなら私が真ん中になるね?」

「それでお願いします」

「私が先に入るね。凜霞ちゃんはこっち、蛍さんはこっち。いい?」


 みづきが先に毛布の中に入って体をもぞもぞと押し込んでいく。そして十分に埋もれたあとで片方ずつ布団の端をまくり、2人を招き上げていく。


「蛍さん、そんな端っこでは落ちちゃいます」

「僕はこの、ぎりぎり端っこが一番落ち着くんだ。おやすみなさい」

「うーん。それじゃ遠すぎて、手をつなげません」

「えぇっ! 僕がみづき君と? む、無理だよぉ……そんな……あっ」

「はい。そして、凜霞ちゃんも。これで、準備オッケーです!」


 みづきと凜霞は身を寄せて、蛍はベッドの端に縮こまって、3人で手をつなぎながら暗い天井を眺めている。


「僕は、君達の役にたてたのかなぁ」

「とても助かりました。蛍さんのおかげで、明日は大切な話を聞けるかもしれません」

「そっか、よかった。……ね、僕はこれからも、みづき君に連絡してもいいのかな」

「もちろん! また今度、一緒に遊ぼ? ね」

「え、本当にいいの……? 嘘だよね? 僕、全然面白くないよ?」

「うーん? 一緒におやつ食べたり、お買い物したり、ゲームしたりして、最近の出来事を話すの。それだけ。面白いとか、関係ないんだよ」

「え……そ、それだけ? お友達って」

「だから大丈夫。蛍さんでも、できるよ」

「えっと……凜霞君。その、僕はみづき君に連絡してもいいのかなぁ」

「…………たまには、いいのではないですか」

「ありがとう。なら、時々にするね」

「凜霞ちゃん! ダメです。そんなこと言ったら」

「あ、いや、いいんだよ。僕がたまに連絡するし、返事はなくてもいいよ。本当に、それだけで」

「ええ、何それ。じゃ、私から連絡する?」

「あ、あっ、あ、ぁ。ぅ、う……んと、それは、しないほうがいいかな……僕、色々と勘違いしちゃうから」

「ん? どういう……こと?」

「なんでもないよ。嫌わないでいてくれれば……嫌われていても……嫌われていた方が……うん。お友達って、やっぱり僕には難しいかもしれない。ごめん」

「ダメなの? やっぱり、私が子供っぽいから。かなぁ」

「ああ、そ、それは違うよ! ごめん、そんなつもりじゃ。僕は」

「お友達になって、欲しいのに」

「あ……うぅ……っ……。ごめん。凜霞君、僕を助けて」

「わかりました。みづき先輩、蛍さんはうまく話ができないだけで、貴方とお友達になりたいと思っているのは本当なのです」

「そうなの? よかったぁ。蛍さん、いっぱい大人の話、聞かせて、ね」

「大人の話……うん、わかった、探しておくよ。みづき君にも話せそうなものを」

「ありがと」

「お休み。そしてありがとう、凜霞君」

「いえ。みづき先輩が悲しむ姿は見たくありませんから」

「もしかしたら、みづき君と一緒にいる僕の姿を見かけるかもしれないけど、どうか許して欲しいな」

「貴方は亜紀さんよりも危険です。はっきり言えば、みづき先輩に近づいて欲しくはないです、が……仕方がないです」

「はっきり言うね。でも、嘘をつかれたりごまかされるよりも、ずっと嬉しい。わかった。みづき君に変なこと言わないよう、できるだけ努力するよ」

「貴方の『できるだけ』は全く信用できません」

「ごめん、その通りだねぇ……僕もそう想う」

「……ところで、亜紀さんとはこれからどうなされるのですか」

「亜紀もみづき君と同じで、僕を放っておく気はないみたいだね。正直なことを言えば、僕は部屋に閉じこもってパソコンさえ見られればそれでいいんだ。ファンクラブの一員として亜紀のことを遠くから見守るだけで……って、そうだ。今日のことをなるべく早く報告しないといけないな。……あぁ、どうしよう。僕にとっては、目の前の亜紀よりもファンクラブの方が気になるのかもしれない」

「目の前の想い人よりも画面の向こうの情報の方が心配なのですか。それは異常ですね。どこかで治療を受けた方がいいかもしれません」

「それは本当にそうかもしれない。だけど……でも、僕はこの生き方を変える気はないよ。まあ、君達のことは、出来るだけごまかしておくよ」

「有名人にはなりたくないので、その点はよろしくお願いします」

「みづき君は……もう寝ちゃってる。なら、いいね。……みづき君、ありがとう。僕をお友達に誘ってくれて。でも、僕は駄目すぎる人間だから、君がまぶしすぎて、目を合わせられないんだ。変な勘違いをさせてしまってごめん。ありがとう、本当は君のことが大好きだよ」

「それを直接みづき先輩に言えばいいじゃないですか。喜びますよ?」

「こんなこと、い、言えるわけないだろぉ! さ、僕も寝るよ。お休み」

「……お休みなさい」

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