第5話
「どうして! わたしが! 墓暴きなどせんと! いかんのだ!」
明るい月夜の下わたしは墓場の土と格闘していた。
「遺体を調べるためだ。仕方あるまい」
「卿は手伝わないのか?」
「吸血鬼は墓場の土が苦手なのだ。頑張ってくれたまえ」
「くそっ」
悪態をつきながらも着々と掘り進める。一時間ほど掘り進めたところで固いものに当たった。丁寧に掘り進め全貌をあらわにする。
「掘ったぞ」
「ご苦労」
ブラッド伯爵は穴の底に降り立つと両手で棺の蓋を開けた。いともかんたんに。釘が打っていたはずだぞ!?
「ふむ。確かに首筋に噛み跡がある」
伯爵はアナベルの首筋を撫で見やる。美しい少女の死体と吸血鬼の対比は絵画のようだった。
「しかし吸血はされていないな」
どうやって確認したのか伯爵がそう言い出す。
「吸血鬼の殺し方じゃない」
「犯人は吸血鬼じゃないのか?」
「その可能性が高い」
「なぜそう思う」
「吸血鬼が獲物を噛み殺すときは血を全て吸い尽くす。それが流儀だ。これは噛んでいたずらに失血させている。人間で遊んでいるようだ。こんなことはわたしたちはしない」
「じゃあ捜査は振り出しか」
「信じてくれるのか」
「信じるしかないだろう」
「そうか」
わたしたちはアナベルを再び丁重に埋葬した。
「しかし手がかりがなくなってしまったな」
「一つあてがある」
「というと?」
伯爵の目が月光にきらりと光る。
「吸血鬼集会に行かないか?」
「吸血鬼集会?」
伯爵曰く吸血鬼たちが集まる会が明日の夜行われるらしい。そこで聞き込みをして犯人の目星をつけようということだった。
「ふむ。今はそれしかないか」
「決まりだな。明日の夜迎えに行こう」
「わかった」
そうしてわたしは伯爵と別れ、踵を返した……
「どうしてついてくる?」
「送っていこう。夜は危険だ」
「ふん」
わたしは伯爵と連れ立って家に帰った。
「お茶でも飲んで行きますか伯爵」
「招いてくれるのか」
「もちろん、どうぞ」
「では失礼する」
伯爵はなぜか嬉しそうに我が家の門をくぐった。
「お茶を入れてくれ」
「かしこまりました」
メイドにお茶の準備を頼み伯爵に席を薦める。伯爵は何か聞きたそうにこちらを見ていた。
「なんですかな」
「一つ聞きたいのだが」
そわそわと指を合わせたあと、意を決したようにこちらを見る。
「わたしが怖くはないのか」
「は」
意外な質問に口が空いてしまった。奇妙な沈黙の間にお茶が並べられる。
「怖いとは……」
「ヴォルテール男爵はいつもわたしを招いてくださる。人々の中には招かれないと入れないという習性を利用して屋敷にわたしを入れない者も多いのです。ですがあなたはちがう」
「ああ。そういうことですか」
わたしはお茶を一口飲みカップを置く。
「怖くはないですよ。招待客を屋敷に招くのも当然のことだ。何も特別なことはないですよ」
「そうか」
伯爵はお茶を一口飲んでまた、そうか、と囁いた。
「遅くまでお邪魔してしまった。そろそろお暇する」
伯爵は外套を着込み外に出る。
「ではまた明日」
「また明日」
そう言って伯爵は夜の闇に消えていった。
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