第10話

少しの不安を抱えながらもその日は訪れた。


「ローザアネット様、ノイマン様がいらっしゃいました」


「ありがとう、今行くわ」


私は久々にドレスに袖を通した。サロンで待っていたのは8年前と変わらない姿のノイマン様だった。


「お久しぶりです、ノイマン様」


「久しぶりだな。相変わらずの美しさだローザアネット妃。むしろ昔よりも美しくなっている」


「ふふっ。悩み事から解放されたおかげかしら。それに私はもう離縁された身ですもの。ただのローザアネットですわ」


「ローザアネット、元気そうで良かった」


 私の前に跪いて手にキスを落とす彼はカルマンハイル国の第三王子。カルマンハイル国も戦争が多い国でここ2年でようやく周辺国と平和協定が結ばれ、安定してきたのだ。


彼はこの国に留学生としてやってきて一緒に学生生活を共にした仲間と言ってもいい。


 彼は見目も麗しく、人当たりも良かったので女生徒にとても人気があった。そして卒業式の前に戦争の為に急遽帰国となってしまったのだ。


突然の帰国で最後に挨拶が出来なかったのを悔やんでいたのだけれど、こうして会えてよかったわ。


そして彼は今英雄として国民から慕われていると聞いている。2年前に戦争が終結したのだが、その立役者となったのがノイマン様だったらしい。


「それにしてもノイマン様、今日はどういった用件でこちらにいらしたのかしら?」


「あぁ、戦争も終わって戦後処理も落ち着いてきた。ふと貴方に会いたくなったんだ」


「ふふっ。嬉しいことを言って下さいますわね。でも国には貴方を待っている人がいらっしゃるのではなくて?」


「残念ながらそんな人はいないんだ。戦闘狂には誰も付いて来てくれなかった」


「戦闘狂でいらしたの?私は心優しい寂しがり屋さんだとばかり思っていましたわ」


「君だけだよ、そんな事を言うのは」


彼は何をしにわざわざ離宮に来たのかしら。


私からの情報なんてあってないようなものだし。雑談をしに来たわけはないわ。


「ところで率直にお伺いしますわ。どうしてこの離宮に?」


「君が病に倒れたと聞いてね。すぐに君に会おうと思っていたんだ」


「あら、陛下とごく一部しか私が倒れた事を知らないはずですのに」


「私の影は優秀だろう?」


ノイマン様は不敵に笑った。


「今日はもう帰るよ。君の顔が見られてほっとしたよ。また明日くるから」


彼はそう言ってすぐに帰ってしまった。会ってすぐに帰るなんて驚いたわ。




明日また来る?


私は不思議に思った。


「ねぇ、ターナ。ノイマン様は明日また来るのですって。不思議ね」


「えぇ。でも、まぁ、この離宮には他にする事もないのですから会いに来てくれる方がいるのは嬉しい事ではないですか?」


「そうね」


 私はそう返事を返したけれど、彼の来た目的が気になった。


そして彼の言った通りに翌日もノイマンは私に会いに来た。


「ノイマン様、ようこそお越しくださいました」


「麗しい姫君。今日は贈り物を持ってきたんだ」


そう言って差し出されたのはクマのぬいぐるみ。


「・・・覚えていらっしゃったのですね」


「もちろんさ。可愛がってほしい」


 私は年甲斐もなく貰ったクマのぬいぐるみを抱きしめながらサロンでお茶を飲む。ターナもアモンも注意する事もなくかえって微笑ましく見られていたわ。


 学生の頃、彼と一緒にお茶を飲んでいた時に王妃教育が忙しくて家にいる時間もなかったの。

女の子らしい遊びや可愛い物も部屋には無くて、他の令嬢達が羨ましかったと話をした事があったの。


「ノイマン様、今はどこに泊まっていらっしゃるの?」


「あぁ、近くの町だよ。ここから馬で15分位の所かな」


「離宮に泊まればいいのに」


「それじゃ会えた時の嬉しさが半減するだろう?」


「ふふっ。そうなのかしら」


そうして雑談をしてからまたノイマン様はあっさりと帰ってしまった。


 翌日は髪飾りを、その翌日はクッキーを。小さいけれど、心のこもったプレゼントを持ってきて少し話をして帰る事を繰り返していたの。そうして1週間が過ぎたこの日、ノイマン様はいつものように離宮に遊びに来てくれた。


私は毎日来てくれるノイマン様にいつの間にか心を許し、訪れる時間になるとまだかまだかと待つようになっていた。

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