第27話
◇三人称視点◇
「乾杯」
ワイングラスが涼やかな音を響かせる。ライラとアリシアは赤ワインを、お酒の弱いレイフはシードルを注いでいる。食卓に並ぶのは豪華な肉や魚。完勝の知らせを聞いたアリシアが、急遽ライラと二人でこの豪勢な食事を用意してくれた。まだ任務は完了していない。一喜一憂してはいけないが、それでも本日の戦果は労いたい。
「ふふ。明日、報告を聞いて狼狽するベンノの顔を見られないのが残念ね」
ライラは愉悦を浮かべて勝ち誇る。
「明日、トリトン鉱山へ向かう。そこでアリシアの父は必ず助けるよ」
「はい! ……本当にありがとうございます」
アリシアの目元は少し赤く、それでもそれは、先日のような悲しみに因るものではないだろう。
「ベンノから聞き出せないの? 父親の居場所」
「やってみます」
一度は諦めかけた彼女でも、目の前に手の届きそうな父の救出に、荒い鼻息で決意を示す。
「そう。もし聞き出せたら鉱山地帯の中心からの方角をあの鶏で合図して。無理に聞き出せなくても良いわ。貴方の安全が最優先よ。もし聞き出せなかったらあの木像は仕舞っておいてちょうだい」
「分かりました」
覚悟を固めたアリシアは、明日へ活力を高めようと、数枚のローストビーフを重ねて頬張り、グラスの赤ワインを飲み干した。
◇三人称視点◇
「お二人は昨日、近辺の〈シレネ〉三十五匹を討伐したそうです。今日はトリトン鉱山へ向かうと」
まだ薄明にも関わらず、仕事に取り掛かるベンノの手がピタリと止まり、アリシアを丸い目で見やる。
「何!? 東の廃村へ向かう筈ではなかったのか?」
「それが途中で気が変わったそうで……」
「くっ――」
村長は頭を抱える。書類の山は机へ床へ雪崩崩れる。暫しの沈黙。そしてベンノは静かに顔を上げ、探るような目でアリシアを見つめる。
「急げ! 残りの〈シレネ〉は鉱山の更に奥、北西の第二事務所の近辺を守らせておる! そこへは近付けさせるな!」
「は、はい!」
急かされたアリシアは考える間も与えられず、走って村長室を後にする。それを見送った後、ベンノは独り呟く。
「……アリシアよ。お前は良い子じゃ。嘘が吐けん」
男は両手を机に放り、長い溜息を吐いた後、諦めたように天井を見上げる。
「何故、儂が〈シレネ〉を操れると知って驚かん。お前の取るべき正しい反応は『〈シレネ〉はこの村が操っていたのですか?』だ。そう言って青褪めた表情を儂に見せるべきだった。嬉しそうな顔は歯を食い縛って隠したようだが、まだまだ甘いよ。相手を出し抜こうとしたければ、自身と相手の入手している情報や前提に注意をしなければならんな。……何かを仕掛けたみたいじゃが、その咄嗟のアドリブには矛盾があるぞ」
一方、息を切らしたアリシアは二人の宿に押し掛け、ベンノから得た情報を伝える。
「貴方、私達に接触して大丈夫なわけ?」
「むしろ村長にそこへ近付けるなと指示されました。だから私がここに来るのに違和感は生じない筈です」
アリシアは遂に父をと、期待を膨らませ目を輝かせる。しかし、対照的にライラの顔は浮かばない。椅子に座ったまま足を組み、右手の親指を唇に当てながら思案する。
「アリシア、貴方は良くやったわ。お手柄よ。今日は北西に向かうわ」
それでも何かを押し殺すような笑顔で、アリシアを称賛した。
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