第三章

第15話

 ◇レイフ視点◇


「一応、第一号舎の現場だけでも確認したいんだが」

「そんな暇は無いわ。ただでさえ割の良い任務は強い派閥に属している者が優先的に持っていくのよ。横取りされる前に受注だけは決めておきましょう」

 ツカツカと早歩きでライラは受付中の任務が張り出されている掲示板へ急ぐ。目指すは大広間の東口傍だ。

「強い派閥が高い報奨金や、騎士団への忠義や貢献を喧伝させるような案件を横取りしていくの。明文化されたルールではないけれど、それが慣習よ。掲示板に張り出されている段階で既に上澄みは奪われているから、派閥に属さない私達は残った案件から一番有能をアピール出来る任務を探さなくちゃいけない。それが上手くいけば上級騎士から有益な任務が特命で舞い降りてくる事もあるわ」

 友人のいない俺にはそんな情報は入らない。

「……ソウナンデスネ」

 仕方無い。現場検証は後日一人で行おう。

「着いたわ」

 目の前に広がるのは夥しい程の注文書の数。これらは王都周辺だけではなく、各地方騎士団の支部で解決し切れない案件も転送されてくる。この中央騎士団が最後の砦。

「この中から選びましょう。国民の声だから掲載はするけれど、護衛や採集のような穏便で、中央の価値を理解していない民間からの任務じゃ駄目。私達は騎士中の騎士を目指すのだから、地方騎士団が音を上げて中央へ頭を垂れざるを得ない程に強力な穢蕊の討伐一択よ。私は右から探すから、貴方は左からお願いね」

「了解」

 歩き出そうとした瞬間、後ろから声を掛けられる。

「ライラ様! これから出発ですか!」

 振り向くと髪は栗色、細身で背の高い男がライラに話しかけ、まるで愛犬かのように己の愛を懸命にアピールしている。

 誰だろう? ライラの知り合いなのだろうか?

「……いえ、これから任務を選ぶところよ」

「選ぶ!? ライラ様は梟の騎士隊の任務へ同行しないのですか?」

「私にはレイフさんという補佐がいるの。忙しいのでこれで」

 ……レイフさん?

 そんな呼び方は最初に回廊で声を掛けられた時だけ。

 しかも補佐ってなんだ? 俺達は五分のバディじゃないのか?

 その瞳に宿る冷気は正に氷の女王のそれ。やはり彼女の心情は掴み切れない。女王はお構い無しに任務の選別へ向かって行った。

「ライラ様ー! 次は俺と任務に行きましょうねー!」

 女王の背中へ声を投げるも反応は無く、男の愛は大広間へ空しく反響し散っていく。

「おい!」

 栗色の男は踵を返してこちらに向かってきた。嫌な予感しかしない。

「お前! どういう事だよ! 何でライラ様と任務に行けるんだよ! まさか二人か!? 二人なのか!?」

 男は力強く俺の肩を掴む。

「どうやったんだ!? ライラ様は昨日の懇親会ですら一瞬顔を出しただけなのに! マテウスだって振られたんだぞ!?」

 一つだけ確かな事が有る。こういう人間に関わってはいけない。

「誰だか知らないがあんたには関係無い。じゃあな」

「知らないってお前! 叙任式で一緒だったじゃないか。ボリスだよ! 俺達は同期だぜ!?」

 知らなかった。だが興味は無い。

「待て! 待ってくれ! 話を訊いてくれ! 同志よ、お前も氷の近衛兵なんだろ?」

「氷の近衛兵? 何だそれ?」

 足を止めず、振り向かずに訊き返す。

「そりゃあライラ様のファンの集いだよ。人付き合いが苦手で勘違いされやすいライラ様をお守りするのが俺達の仕事だ」

 あいつにファンなんていたのか。まあ、確かに顔は整っているからな。

 しかし何とも勝手な解釈だ。当人から『お守り』とやらをお願いされた訳でもなかろうに。

 ……いや、そんな事より、俺をその変な集団の同類と思われては困る。訂正が必要だ。足を止めて振り返る。

「全然違う。俺達は利害が一致しているだけだ」

 バディという言葉は憚れた。回廊での約束は俺の勘違いだったのだろうか。しかしボリスは悟ったような顔で同意してくる。

「分かる、分かるぞ同志よ。認めるのが恥ずかしいんだな。俺も最初はそうだった」

「は?」

「氷の近衛兵に入るという事は、自分がマゾ豚と認めるに等しい。でもな、同志よ。俺達は敵じゃない」

 栗色男は迷いの無い純真な瞳からキラキラビームを飛ばし、両の肩に手を置いてくる。

「違うって言ってんだろうが! 俺はマゾじゃない」

 ボリスの両手を払い除ける。全く等しくない。どんな拡大解釈だ。

「じゃあ何だ!? おっぱいか!? あのおっぱいに釣られたのか!?」

「違う!」

 笑顔だよ!

 と、言いかけて止めた。危ない。俺は彼女の容姿に釣られた訳じゃない。

「良いんだ。どちらにしても恥ずかしい事じゃない。素直になるには時間が掛かるだろう。俺達は待ってるぞ」

 ……こういう人間に何を言っても無駄だ。口の軽そうな栗色が俺の誤った性癖を広めない事を祈るばかり。こいつは本当に中央騎士団に初期配属された精鋭なのか?

「しかし同志とライラ様は派閥に入らないのか? それでは色々と不便だろう?」

「それは承知の上だ」

 引き換えに俺達はスピードを手に入れる。両立は出来ない。

「よし分かった。俺が鶸の騎士隊に内定した暁には同志にも情報を流してやろう。実は昨日の懇親会でマルティナ派の中核と懇意になったんだ。そして明後日の出撃に同行させてもらえる事になってな。上手くいけば俺も鶸の騎士隊へ入隊出来るかもしれない!」

「それは有難いが、……何の為に?」

「? だってそうじゃないと同志も困るだろ?」

 当たり前だろといった表情。

 ……良い奴は良い奴なんだろうな。きっと。

「そ、その代わりといっては何だが、今度ライラ様と話す場を設けてくれないか? 同志よ」

「はは。それが目的か」

 思わず笑い出してしまう。随分と欲望に忠実な男だ。

「俺にそんな力は無いよ。自分で頑張ってくれ」

「そこを何とか! 頼むよ!」

「……善処する」

 絶対無理だ。俺のお願いを聞いてくれる人間ではないだろう。

「ありがとう! 同志よ!」

「同志じゃない」

「良し! そうと決まれば何が何でも鶸の騎士隊に入らなければ! 俺は鍛錬場に行ってくる! じゃあな同志よ!」

 意気揚々とボリスは走り去っていった。まあ悪い奴では無いのだろう。

 七年前のあの日以来、初めて友人と呼べる人が出来たのかもしれない。

 ……本当に変な事を言い触らさないでくれよ?

「ちゃんと探すか。あまり待たせると女王様がご立腹だ」

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