第14話

 ◇レイフ視点◇

 

 朝一番に向かったのは騎士団庁舎に隣接する騎士専用の図書館。俺達新人が貰った鍵では第六号舎しか入れない。職位が上がれば一つずつ鍵が与えられ、聖騎士に成れば第一号舎へ入館可能とのこと。その第六号舎の奥の奥、忘れられたかのような小さな資料室を見つける。恐らく何年も人が出入りしておらず、碌な清掃を受けていない。埃とカビの匂いがツンッと鼻を突き刺す。まあ、七年前の記録ともなれば需要も無く、仕方の無い事なのかもしれない。今日探しに来たのは聖騎士達の出撃記録。彼等の内、もしも七年前のあの日に長期遠征等が重なりアリバイが立証されるのであれば候補を絞る事が可能だ。

 状況を整理しよう。現在の聖騎士は七人。これは七年前から変わらない。

 騎士団長グスタフ・レードルンド。

 鷲の騎士隊長イングヴァル・ソレンソン。

 梟の騎士隊長ヨーラン・セーデルマン。

 北部地方騎士団長ブルーノ・エングブロム。

 騎士団名誉顧問、兼近衛騎士団長オスキャル・フォーリーン。

 同じく顧問、事務総長オットー・ヘルナル。

 無役職、伝説の聖騎士アクセル・ユングステット。

 この内、公開情報を照らせば英雄グスタフと伝説アクセルは除外される。

 前者については、彼が獅子の聖騎士と呼ばれる所以となった、十七年前の『血のゴルドレイト事件』により証明される。英雄が第一次ビルノリア戦争の功績で聖騎士へ昇格した翌月、西部の四大都市であるゴルドレイト市に潜伏する反王政派レジスタンスの一掃へ向かった際に事件が起きた。激しい交戦の末、騎士団とレジスタンス両陣営へ大量の死者を出し、しかも英雄の祝福の真名を一部暴かれてしまった。箝口令など意味を成さず、それは瞬く間に広がり、かの全文には『獅子』の単語が含まれると。つまり英雄の祝福の真名は『禮命へ恤える緋』ではないという結論になる。

 後者については、八年前の第二次ビルノリア戦争の功績で聖騎士へ昇格し、いざ国王と二人きりの聖授与式、彼は終ぞ姿を現さず、行方は杳として知れぬまま。祝福の真名を詳らかにせず、聖騎士紋章すらも受け取らずに。ならばこれもまた、禮命には当たらない。

 つまりは残った五人、ここを洗えば真実へ、禮命の聖騎士へ辿り着く。

 一方資料室の方はというと、これは物の見事に空振り。第六号舎へ保管されている出撃記録は、下級騎士の明細のみであった。恐らく自身と同等の職位の情報しか閲覧出来ないという仕組みなのだろう。であれば聖騎士にのみ入館を許された第一号舎の鍵を手に入れる、もしくは侵入を試みる必要がある。

 どう考えても蓋然性が高いのは後者。気が進まない、なんて事は言ってられない。先ずはそこへ向かってみよう。


 ◇レイフ視点◇


 サワサワと、恵風に乗った葉の擦れる音。

 図書館から戻る途中、回廊から見渡せる中庭ではニワトコの蕾が綻びつつある。厳しい寒さを乗り越え、遂に春の訪れが足音となって前進する。

 ふと、あの頃の家族の笑顔が想い浮かぶ。

 そして、あの日のヨリス村も。

 ……復讐は必ず果たす。そうでなければ、俺は季節へ置いてかれたまま。

「レイフさん」

 物思いに耽っていると、突然後ろから鈴を転がすような声を掛けられながら、肩をポンと叩かれた。驚きつつ振り向くと、上品で官能的な、しかしバニラのような甘い香り。

 それは氷の女王、ライラ・レーヴェンアドレール。

 フリルを抑えた気品なロングスカートの、黒を基調にボルドーを差し込む騎士装束は、背中の春とは似つかわない対照的な冷気を。そよ風に靡く、艶々とした紫紺の長髪と、鋭利な聡慧と愛くるしさを両立させる、フランボワズの瞳を携えた大きな猫目。

 本当に、改めて、綺麗な顔をしているな。

「何の用だ?」

 油断すると吸い込まれそうになる意識を必死に奪還し、訝しげに答える。

「貴方、昨日の懇親会に来なかったでしょう? 探したのよ」

「……何の用だ?」

 結論だけを急かす。女王は興を削がれたような嘆息。

「貴方はどこの派閥に入る積もりなの?」

 要旨を要求したものの、自己紹介も無く、第一声が出世競争の話。彼女の為人は分からないが、結局はマテウスと同じ、強い野心が有るのだろうという事だけは理解した。何と無く、この女とは馬が合わないだろうなと予感する。

「別に。俺はどの派閥にも入る積もりは無い」

「あら? そんな事言う人初めてだわ。理由を教えて」

「あんたには関係無い」

 下手な嘘を吐いてもマテウスのように疑われるだけだ。それにこの女と話していたって捜査は進まない。さっさと第一号舎へ向かおう。

「変ね」

 ライラの表情が強張る。

「チームでなければ大きな戦果を上げられないわ。それに貴方の叙任式での宣誓と矛盾するのでなくて?」

 何でどいつもこいつも、いきなりこんな突っかかってくるんだ。俺が派閥に入ろうが入らまいが、どうだって良いだろうが。相手にせず帰りたいが、変に怪しまれるのも面倒だ。こいつは強い影響力を有する派閥第二位の梟の騎士隊。余計な噂を流されるのは俺の寿命を縮めるのに等しい。アルドレット行き、とやらは避けたい。馴れ合う積もりは無いが疑惑はここで払拭しなければ。

「叙任式は決められた言葉を並べただけだ。別に何も可笑しくない」

「言えてなかったけれどね?」

「う、うるせぇな」

 女王は淡々とした表情で場の空気を制し、会話の主導権を握ろうとする。

 多分もう、皆にバレていたのだろうな。叫びたくなる程の慚愧を必死に飲み込む。

「なら貴方の目的は何?」

「金だよ金。金目的の奴なんて腐るほどいるだ――」

「嘘ね」

 喋り切る前にライラは遮る。別に嘘ではない。俺自身これ以上教育を受けられる金も無いし、貧困から抜け出す為に騎士団へ入り、その命を賭け金に生活費を稼ぐ奴は少なくない。

「……は? 嘘じゃないさ。俺は小さい頃に両親を亡くしている。このご時世よくある話だろ」

「貴方が貧乏人なのは見れば分かるわ。でも入団の目的はそれじゃないでしょ?」

 ……言い方どうにかならないのか?

 しかしどういう事だ? もしや目的が復讐である事を見抜かれた?

 いや、そんな訳は無い。絶対に無い。昨日初対面だぞ。いくら何でもそんな事は有り得ない。

 目的は分からないが鎌を掛けているのか? ただそれにしては、その眼差しは確信を帯びている。

 ……不用意な噓を吐くのは危険かもしれない。疑惑の払拭は諦め、会話を切り上げることが優先か?

「信じないならそれでいいさ。これ以上用は無いだろ。じゃあな」

 悔しいが相手は格上のようだ。これ以上は危険。早く戻ろう。踵を返して大広間への扉へ手を掛けた瞬間。

「殺したい人がいるわよね?」

「――ッ!」

 何故だ!

 何故バレた!

 驚いて振り向き、思わずライラのその眼差しを睨み返す。

「怖い顔。当たりのようね」

 ライラは勝ち誇った顔。しかし、そのフランボワズの瞳は底が知れない。

 ……やられた。何をやってるんだ俺は。馬鹿すぎる。確信めいた表情は演技で、やはり鎌を掛けられていたのか。

 まずい。

 ここで巻き返さなければ通報されアルドレット行きだ。

 俺は何も為せず終わるのか?

 ……否、禮命は、必ずその代償を支払わなければならない。そうでなければ死んでも死にきれない。

 腹を括れレイフ。

 ここが正念場だ。

「……そうさ。七年前、俺の両親と妹を殺した犯人を探している。俺はどこか逃げ回っているその屑を殺さねばならない」

「それで?」

「そのために騎士団の情報網が必要だ。見付け次第騎士としての正義を執行する」

 真実を織り交ぜた回答。嘘という嘘は無い。様々な制限が有るものの、止むを得ない状況の下であれば、騎士は罪人を斬る事が許されている。犯人が身内であるという事、騎士団を裏切ろうとしている事だけを隠し通せれば望みは繋がる。

「うーん。貴方の事少し分かったわ。でも後半が少し嘘なのね」

 何故だ! そんな的確に分かるものか!

 ……こいつは何かを知っているのか?

「嘘じゃない。信じないならもう訊くな」

 冷汗が額を伝う。発露しそうになる焦燥と激昂を必死に隠しながら、努めて抑えた声で応える。

 まずい。

 まずい。

 まずい。

 こいつに俺の嘘は絶対に通用しない。話の方向性を変えなければ。

「大体、俺の目的を訊いて何の意味がある。お前の目的は何だ?」

「私の目的は聖騎士に成る事。そして騎士一族として名を上げたレーヴェンアドレール家の家名を復興する事よ」

「家名? 何だ? 没落でもしたのか?」

 乾いた声で何気無く相槌を打つ。

「そうよ。八年前の戦争でね。騎士だった父上が配属された北部は戦場の最前線だったから。そこで父上が亡くなったの。今は私が当主よ」

 八年前に終結した第二次ビルノリア戦争は、十年前に北の民主国が宣戦布告も無しに突如領土を侵犯し、侵攻して来た領土戦争の事。結果としては我々王国が勝利したが、王国側だけで九四〇〇〇人の死者を出した、悼むべき戦争だった。

 ……驚いた。まさか本当に。

 しかしライラから溢れ出るその気品は、微塵もそのような気の毒な事実を感じさせない。

「だから私には権力が必要なの。そのためにはこの騎士団で上り詰めて聖騎士に成る必要があるわ」

「……ごめん。悪い事を訊いてしまった」

「いいわ。私も貴方の訊かれたくない事を訊いたんだから。お相子よ」

 気不味そうなライラ。

 ……何だ? 急に萎らしくなったな。いや、それはそれで怖い。

「私、嘘って嫌いなの」

 溜息をひとつ。表情を切り替え、ライラはまた刺すような眼差しをこちらへ向ける。

「私の目的は答えたわ。次は貴方の番よ。話を掏り替えないで」

 当然見抜かれていたか。論述については相手の方が一枚も二枚の上手だ。嘘は絶対に通じない。

 ……観念するしかないか。駄目ならもう……殺すしかない。

 そして何故か、何故かは分からないが、この人には嘘を、……吐きたくはない。

 この感情の所以は分からぬまま、俺は長い逡巡の後に口を開く。

「さっき話した犯人についてだが」

 ライラの表情は変わらない。

「そいつは間違い無くこの中央騎士団の中にいる。俺はその屑を殺したい」

 もう、どうにでもなれ。

 一拍の間。

「アハハ!」

 ライラは俺の答えに一瞬面食らった後、突然腹を抱えて笑い出した。

「貴方は可笑しいわ! 普通そんな事、初対面の人間に話さないでしょ!」

「はあ!? お前がしつこく訊くからだろうが!」

 この糞女! 絶対にこいつとは馬が合わない!

 しばらく笑った後、ライラは続ける。

「あー可笑しいわ。信じられない。私が通報したらどうするつもり?」

「そうなる前にお前を殺す」

 吐いた言葉とは裏腹に焦燥と激昂は消えていた。

「でも嘘じゃないようね。ありがとう」

 初めて見せるその笑顔。また一瞬にして心を奪われる。さっきまで殺そうとしていた相手に何とも情けない。

「……いいさ。それでどうする? 結局何が目的だ? 通報するのか?」

 何故か分からないがライラは通報しない。そう、確信していた。

「通報はしないわ。ただ貴方の事を知りたかっただけよ」

 何だそれは? 何の為に?

 ……まあいい。今後絡む事も無いだろう。このまま話を続けるメリットは無い。

「なら話は終わりだな。じゃあな」

 大広間への扉へ手を掛ける。

「待って!」

 ライラは俺の右手の袖を掴んで引き留める。

「何だ? もう用は無いだろう?」

「ここからが本題よ」

 何時の間にかライラの刺すような眼差しは消え、瞳にはどこか安穏が。

「私とバディを組みましょう」

「……は? 何て?」

「だーかーら! 私とバディを組みましょうって!」

「何で?」

 意味が分からない。大体何だその喋り方は。さっきまでの気品は薄れ、今目の前にいるのは年相応の唯の少女。

「貴方を気に入ったの! レイフ!」

「いやいやいや。意味が分からない。お前は聖騎士ヨーラン派閥の梟の騎士隊へ入隊するんだろ? そこで優秀な人間と組めば良いだろう。お前ならいくらでも声が掛かるだろ」

「……? 何の話? 私そんな事言ったかしら?」

「いや、言ってはないが。……ごめん、決めつけて。じゃあ聖騎士イングヴァル派閥の鷲の騎士隊に入るのか?」

 現在の中央の最大派閥。現騎士団長の聖騎士グスタフも鷲の騎士隊出身とマテウスは話していたが。

「? 私、派閥には入らないわよ?」

「は!? お前さっき俺にそんな奴いないって言っただろうが!」

「うん、普通はね」

 話についていけず、開いた口が塞がらない。ただ何と無くだが、ライラはこちらが素なのかもしれない。

「……説明をくれ」

 嘆息しながらドアノブから手を放す。もうここまできたらトコトン付き合おう。

「まず貴方のメリットを説明するわ」

 ライラは得意げに話始める。俺は身振りでどうぞと促す。

「貴方の復讐は、このままじゃ一生成し遂げられないわ」

 黙ってライラの話を訊き続ける。

「貴方は今、図書館の資料室から七年前の事件に関係の有りそうな人物の出撃履歴の閲覧を試みた。そこから大体のアリバイを推測して、凡その当たりを付ける積もりなのでしょう?」

 頷いて肯定する。恐ろしい洞察力。平静を装っているものの、冷汗が止まらない。先程の笑顔で油断したが、俺の正念場はまだ終わっていなかったようだ。

「それで? 良い資料は見つかった? 少しでも犯人像は見えてきた? アリバイは精査できた?」

「これから情報を整理するとこだ」

「嘘ね。私、嘘が嫌いって言ったわよね?」

 女王の眼光に一瞬鋭さが。

「……碌な情報は見付からなかったさ」

「素直でよろしい」

 フランボワズの瞳にパッと安穏が生き返る。

「それは当然ね。私達下っ端の入室権で入れる第六号舎には大した情報を置いてないわ。上級騎士、特に聖騎士級となればその出撃履歴や計画は機密情報なのよ」

 犯人が聖騎士と話した記憶は無い。何処からそれを読み取った? これも鎌を掛けているのか?

 表情から見抜かれぬよう、無表情のままライラの話の続きを待つ。

「彼らの七年前の詳細な出撃履歴を知りたければ、上位の入室権が欲しければ、貴方は同等の地位を手に入れる、もしくは上級騎士の協力者が必要ね。前者は時間が掛かり過ぎる。少なくとも二十年は掛かるわね。その間、犯人に逃げられるかもしれない。一方後者も無理。間違い無く理由を尋ねられるし、余りにもリスキー過ぎる。大体派閥にも入らず、そんな協力者を用意出来ないわ。当然、侵入なんて馬鹿げた真似は論外ね。第一、第二号舎は厳重な警備が敷かれているし、捕まれば即刻アルドレット行きよ」

 そしてライラは決め台詞。振り被って言葉を紡ぐ。

「貴方、詰んでるわ。復讐は、成されない」

「……なるほど。話が見えてきた」

「物分かりは良いようね」

 ライラはニコっと微笑む。その笑顔は俺の心臓を何度も突き刺す。自分で自分が嫌になる。

「でも安心なさい。私が聖騎士と成って貴方に協力してあげるわ。その代わり貴方は私が聖騎士に上り詰められるように協力しなさい」

 ライラの口元は自信に溢れ、掌を差し出して握手を求める。

 なるほど。話に矛盾は見当たらない。

 だが握手に応じず、腕を組んだまま質問する。

「確認させてくれ。聖騎士を目指すなら派閥に入ったほうが確実だろう。お前が俺と組む理由は何だ? メリットの説明が無い」

「不確実性で言えばその通りね。例えば同期首席のマテウスは既に鷲の騎士隊に入隊したらしいわ。彼は間違い無く上級騎士、もしかすれば聖騎士にまで辿り着くのでしょうね」

「では何故?」

「マテウスは確かに実績を積み重ね出世するでしょうが、それはチームで動いてこそ。手柄を総取り出来ないわ。であれば確実ではあるもののスピードが遅い。それじゃあ意味無いわ。私には時間が無いの」

「時間が無い?」

「資金が尽きそうなの。それでも没落したレーヴェンアドレール家に残ってくれた使用人達を路頭に迷わせてはならない。それは下級騎士では叶わないわ。だから最短で聖騎士に成る必要があるの」

 最短で聖騎士、か。そんな絵空事を現実へと昇華したのは、歴史上でたった一人。

「アクセルか」

「そう。伝説の聖騎士アクセルは唯一派閥に入らず、八年前、たった半年で聖騎士まで上り詰めた騎士。その齢は十九歳。それは偏に無数の単騎出撃による手柄の総取りに因るものよ。前例は有る。決して夢物語ではないわ」

「ならお前も俺と組まず単騎出撃すればいいだろう」

「貴方馬鹿なの? 下級騎士は単独で任務を受注出来ないわ。戦死する危険性が高いからね。伝説だってデビュー戦は二人で出撃したのよ。そんな事も知らないの?」

 この糞女は心底可哀そうなものを見る表情。

「うるせぇな。馬鹿は余計だろう」

「話を続けるわよ。私達で任務をこなし、貴方は手柄を全て私に献上する。私は第二のアクセルと成り家名を復興させる。そして貴方は復讐成就の為の最高の協力者を手に入れる。私達は互恵の関係に成れる筈よ」

「派閥に入らない理由は理解した。だが俺と組む理由の説明が無い」

 ライラは溜息を吐く。しかし何故か表情は嬉々たる。

「貴方って、決断力が無いのね」

 ……マジでこの糞女。

「慎重な性格なんだ」

「貴方を選んだ理由はね、友達がいないからよ」

「い! ……ないけど。それが何だ」

「貴方は良いわ。剣戟主席で強さは折紙付き。中央騎士団に所属する実力者は皆、出世を目論んでいるわ。一方、貴方は騎士団内での地位に全く興味が無い。だから手柄を横取りされても、復讐に近付く為には厭わないわ。そうでしょう?」

「まあ……それはそうだな」

「そして何よりも貴方は家族を殺した騎士団を憎んでいる。嬉しい。……私もね、騎士団が大嫌いなの」

 ……そうか。ライラもまた、騎士団の戦争で父を亡くしている。

「以上が私の説明よ。覚悟は決まったかしら?」

 ライラは差し出した掌を上げたまま、答えを求める。

「嘘は無いんだな?」

「まあ! その上疑り深いのね」

「慎重な性格なんだ」

 そしてライラは飛び切りの笑顔で三度目のその呪いを。

「私、嘘って嫌いなの!」

 その笑顔はいつでも新鮮に俺の心を突き刺す。もはや論理は意味を成さない。どうせ、俺はこの苦しい程の愛しい笑顔に、抗う事は叶わないのだろう。

 一つ溜息。

「……君のその、香水の名前を教えてくれ」

「?? ロジェ・ガレのヘリオトロープ・ブランよ」

 ヘリオトロープ。

 その名を覚えておこう。きっとこれから君の傍で、その香りへ支配される日々になるのだから。何故だか、そんな安らかな予感が胸を走るのだ。

「協力しよう」

 騎士団は裏切りの世界。真に信用した訳ではない。もしこの女が俺の復讐の障害と成るならば、迷わず斬る。

 差し出された掌を遂に握る。もう、後戻りは出来ない。

「おめでとう! 正しい決断よ! 私の名はライラ・レーヴェンアドレール!」

「レイフ・ロセインだ」

「よろしくね、レイフ。これで私達は五分のバディよ」

 繋いだ手から伝わるのは、ライラの春のような温もり。

 氷の女王なんてものは幻影なのかもしれない。

 大切なのは今、この目に映る真実だけ。

 叶うなら、この手をもう二度と離したくはない、なんて願う四月の頭。

 中庭を吹き抜ける春の柔らかい風が、二人の頬を優しく撫でた。

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