第10話高丘亜蓮のまかない日記⑤
居酒屋 龍ノ牙を出た亜蓮は、タッパーに詰めたおかずがこぼれないよう、トートバッグを抱えて小走りした。
「亜蓮、お疲れ」
軽自動車の窓から手を振る育夫。脱毛が進んだことで潔くスキンヘッドにした。思いのほか当時闘病中の亜蓮と市役所の同僚からは好評だった。
『そっちがいい』
久々に聞いた娘の声に、育夫は泣き崩れたものだ。
その後大学を中退、治療に専念した二年間の記憶は鮮明に残っている。比較的症状が軽くなったことを機に、父娘は昭和町から桜町へ転居したことも。
体力が落ちていた亜蓮が、荷ほどき後に寝込んでしまったことも。わずかな年数で、当時五十三歳だった育夫が、新入職員から定年退職間近と思われていた。
育夫の愛情を理解できた時期が遅かった分、亜蓮は自分にできることをして恩返ししたいと思っている。
「今日はサラダももらってきたよ。まだ晩御飯食べてないんでしょ?」
「お前が食べなさい」
「だから、さっき仕事終わってから食べたんだってば」
同僚の前で自分用と偽った、まかないの取り分を育夫に渡す。
「どうせ店長は気づいているし」
「ならば今年こそお歳暮を」
「だから、店長はそういうのも嫌うんだってば。お礼なら、私が体調を崩さない程度に仕事を頑張ればいいの!」
育夫は呪文のような言い訳を並べながら、タッパーの入ったトートバッグを渋々と受け取った。
両手が空き、亜蓮は車の助手席に乗り込んだ。
育夫の安全運転で、父娘は岐路に向かった。
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