第18話「ねえ……もう一度、キスしてみる?」

 魔王との戦いは、想像を絶する激戦だった。


 ダークファントムの放つ魔力は強大で、レオンたちは防戦一方だ。


 レオンの鎧は砕け、アイリスのローブは裂け、グラムの斧は欠け、エルの弓は折れている。

 倒れ伏した一同を、魔王が見下ろしていた。


「愚かな者め……これが、我に逆らった者の末路だ」


 魔王の手から、致死の魔力が放たれようとしていた。


 その時だった。


「レオン……!」


 アイリスが、とっさにレオンを抱きしめた。そして、唇を重ねる。


「っ!?」


 魔王の手が、一瞬止まった。


「まさか……」


 レオンも、最初は驚いていた。しかし、すぐにアイリスの思いを悟ったように、彼女を強く抱き締め返した。


 レオンとアイリスのキスが深まるにつれ、二人の体が不思議な光に包まれ始めた。最初はかすかな輝きだったが、徐々にその光は強くなり、やがて部屋全体を眩いばかりの光で満たした。


 魔王ダークファントムは、目を見開いて信じられないものを見るように光を凝視した。


「な、何だ、この力は……!?」


 魔王の声は動揺に震えている。彼はこれまで、愛の力を信じていなかった。だが、目の前で起きている現象は、彼の常識を覆すものだった。


 光が収まると、そこにはレオンとアイリスの姿があった。しかし、二人の様子は先ほどまでとは明らかに違っていた。


 レオンの鎧は、戦いで傷ついていたはずなのに、完全に修復されより頑強になっている。まるで、彼の不屈の精神と愛する者を守る決意が、鎧となって具現化したかのようだ。


 アイリスのローブは、淡い紫から美しい紺碧へと変わり、魔力に満ちている。彼女の秘められた力が、愛によって完全に開花したのだ。二人はまさに、愛と強さの化身のように見えた。


「これが……真実の愛の力……?」


 魔王は信じがたい思いで呟いた。


 レオンとアイリスは、驚きつつも、心の中に湧き上がる新たな力を感じていた。


 レオンは剣を構えると、魔王に向かって力強く告げた。


「ああ、そうだ。俺とアイリスの絆が、新たな力を生んだんだ」


 アイリスも頷き、杖を握りしめる。


「私たちは今まで、呪いによって無理やり結ばれていると思っていた。けれど、今は本当の愛のうちに生きているのよ」


 魔王は、二人を見据えながら考え込んだ。


(愛など幻想に過ぎないと思っていたが、目の前の光景は紛れもない事実だ。私は、愛の力を過小評価していたのか……?)


 グラムとエルも、レオンとアイリスの変化に驚いていたが、すぐに理解したように頷いた。


「レオン、アイリス。お前たちの絆は、俺たちにも伝わってくるぜ」


「ええ、あなたたちの愛は、私たちにも希望を与えてくれる」


 レオンとアイリスは、仲間の言葉に勇気づけられた。


 二人は手を取り合い、魔王に向かって歩み出す。


「俺たちは今、心から愛し合っている。その絆こそが、最強の力なんだ!」


「そして私たちは、その愛の力で、あなたの呪縛から世界を解放する!」


 レオンとアイリスの言葉は、揺るぎない決意に満ちていた。


 魔王は、はじめて恐怖を感じた。彼は長年、力こそがすべてと信じてきた。しかし、目の前の二人が放つ圧倒的なオーラは、彼の常識を根底から覆すものだったのだ。


 新たな力に満ちたレオンとアイリス。それは、まさに真実の愛が生み出した奇跡だった。


 彼らの絆は、呪いによって歪められたものではなく、試練を乗り越える中で育まれた、純粋な愛だったのだ。


 その愛こそが、世界を闇から救う希望の光となる。


 レオンとアイリスは、固く手を握り合い、魔王との最後の戦いに臨んだ。彼らの心は一つに結ばれ、どんな困難でも乗り越えられると信じていた。


 愛の力を得た二人の前に、魔王の野望も、もはや大きな脅威ではなかった。


 二人の絆が、新たな伝説を紡ごうとしていた。

 レオンが、剣を構える。

 アイリスの杖が、眩い光を放つ。


「私たちの想いは、どんな呪いよりも強い。魔王、これで決着をつけましょう!」



 グラムとエルも、しっかりと力を取り戻していた。


「よし、みんな……行くぞ!」


 レオンの号令と共に、一同は再び魔王に立ち向かった。


 戦いは一転、レオンたちが優位に立つ。真実の愛の力を得た二人の前では、魔王の魔力もむなしく散っていく。


「ば、馬鹿な……私の魔力が……」


 観念したように、魔王は膝をついた。


「これで、終わりだ」


 レオンが、剣を構えた。


 しかし、その時、アイリスが彼の腕を止めた。


「待って、レオン。魔王を殺さないで」


「でも……」

「そうね……私にはわかるの。魔王の孤独と、愛への憧れが」


 アイリスは、魔王に歩み寄った。


「あなたも、愛を知りたかったんでしょう? だから、私たちに呪いをかけた」


「……愚かな。私のような者に、愛など……」


 魔王の声は、潰れんばかりに弱々しかった。


 アイリスは、優しく微笑んだ。


「いいえ、あなたにだって、愛する資格はあるわ。だって、愛を知りたいと願うことが、すでに愛の始まりなんだもの」


 アイリスの言葉に、魔王の目に涙が浮かんだ。


「私は……私は……」


 レオンも、剣を下ろし、魔王に近づいた。


「俺たちは、お前を許す。そして、お前も自分を許すんだ」


 グラムとエルも、頷いた。


「そうだ。過去は変えられねぇが、これからは変えられる」

「私たちと一緒に、新しい人生を歩み始めましょう」


 魔王は、信じられないものを見るような表情で、一同を見渡した。


「お前たちは……本当に、私を……」


 アイリスが、魔王の手を取った。


「ええ。私たちはみんな、あなたの味方よ」


 その瞬間、魔王の体から、漆黒の魔力が剥がれ落ちていった。そして、そこに現れたのは、一人の年老いた男性の姿だった。


「これが、私の本当の姿だ……」


 魔王の姿から漆黒の魔力がすべて剥がれ落ちると、そこに現れたのは、ひとりの年老いた男だった。


 深い皺が刻まれた顔。疲れ果てたような佇まい。だが、その瞳には、今まで見られなかった澄んだ光が宿っている。


 男は、自嘲気味に笑った。


「長い間、魔力に心を蝕まれていたが、お前たちのおかげで、取り戻せた……」


 その言葉には、悔恨と安堵が入り混じっていた。


 レオンとアイリスは驚きを隠せずにいた。目の前の老人が、あの強大な力を誇っていた魔王ダークファントムだったとは、信じられなかったからだ。


「あなたが、本当に魔王……?」


 アイリスが静かに問いかける。


 男は頷き、遠い記憶を辿るように語り始めた。


「わしは昔、ただの一介の魔法使いだった。強い力を求めるあまり、禁じられた魔法に手を出してしまったのだ」


 男の目に、後悔の色が浮かぶ。


「気付いた時には、魔力に心を支配され、魔王となっていた。元の自分を取り戻せぬまま、長い歳月が過ぎていったのだ」


 その話を聞き、レオンたちは複雑な表情を浮かべた。


「だが、お前たちとの戦いの中で、魔力の呪縛から解き放たれた。お前たちの強い絆と愛の力が、わしを目覚めさせてくれたのだ」


 男は、レオンとアイリスに感謝の目を向けた。


「ありがとう。お前たちは、わしを救ってくれた」


 レオンは男の肩に手を置き、力強く告げた。


「あなたを救ったのは、私たちの絆だけじゃない。あなた自身の心の強さも、大きな力になったはずだ」


 アイリスも優しく微笑んだ。


「そうよ。あなたは魔力に飲まれながらも、心のどこかで真実を求めていた。だから、私たちにあんな呪いをかけたんじゃない?」


 二人の言葉に、男は目元を拭った。


「そうか……わしにも、まだ救われる資格があったというのか」


 グラムとエルも、安堵の表情を浮かべている。


「よかった。これで、本当の意味で戦いは終わったんだな」


「ええ。そして、私たちにも新しい旅が始まるのね」


 レオンはアイリスの手を取り、仲間たちを見渡した。


「そうだ。俺たちの絆は、新たな世界を作る力になる。みんなで、平和な未来を築いていこう」


 アイリスも頷き、男に語りかけた。


「あなたも一緒に来てください。過去は変えられないけれど、これからはみんなで新しい人生を歩めるはず」


 男は涙を浮かべて頷いた。


「ああ、そうさせてもらおう。わしは、お前たちとともに生きる。そして、愛の力を信じ続けよう」


 こうして、魔王は闇から解き放たれ、新たな一歩を踏み出した。


 レオンとアイリスの愛は、呪いを解き、魔王をも救ったのだ。


 一同は、安堵の表情を浮かべた。


 レオンは、アイリスの手を取った。


「ねえ、アイリス。俺たち、呪いは解けたけど……もう一度、キスしてみる?」


 アイリスは、頬を赤らめながら微笑んだ。


「ええ、喜んで……」


 二人のキスに、城内に歓声が響き渡った。


 魔王は、レオンたちに案内されるまま、城を後にした。彼の心には、新たな希望の灯火が灯っていた。


 そして、世界に平和が訪れたのだった。

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