第17話「俺たちは、お前を許す。そして、お前も自分を許すんだ」

 魔王城への道のりは、険しく長いものだった。

 漆黒の尖塔が聳え立つ城は、まるで絶望そのものを具現化したかのようだ。


 一行は、黒曜石でできた巨大な門の前で立ち止まった。門には、不気味な紋章が刻まれている。


「いよいよ、ここまで来たか……」


 レオンが、覚悟を決めるように呟いた。


「ええ。私たちの旅も、終わりが近づいているのね」


 アイリスの声は、かすかに震えていた。


 その時、門が不気味な音を立てて開いた。中から、冷たい風が吹きつける。


「魔王は、我らを待っているようだな」


 グラムが、斧を構える。


「みんな、気をつけて。罠がある可能性も……」


 エルの言葉は、緊張に満ちていた。


 一同は、静かに頷き合い、門の中へと足を踏み入れた。


 広間は想像以上に広く、天井は高く聳え立っている。床も壁も、すべて黒曜石でできていた。そして、部屋の奥に、巨大な玉座が鎮座している。


 玉座に腰掛けているのは、紛れもなく魔王ダークファントムその人だった。漆黒のローブに身を包み、金の冠を被った、威圧的な存在感。


「よくぞ来た、勇者レオン。そして、アイリス、グラム、エル……」


 魔王の声は、低くよく通るものだった。


「お前に言われるまでもない。俺たちは、この世界に平和を取り戻すために来たんだ!」


 レオンが、剣を構える。


「平和? 愚かな……。お前たちのような者に、真の平和がもたらせるものか」


 魔王は、嘲笑するように言った。


「なんだと!?」


 レオンが怒りで声を荒げる。しかし、アイリスが静かに彼の肩に手を置いた。


「ねえ、魔王。あなたはなぜ、私たちに呪いをかけたの?」


 魔王は、わずかに目を見開いた。


「何故だと? お前たちを苦しめるためだ。我が野望の前に立ちはだかる者への、罰だ」


 しかし、アイリスは首を振った。


「いいえ。そんな理由じゃない。私にはわかるわ」


「何を……?」


 アイリスは、真っ直ぐに魔王を見つめた。瑠璃色の瞳は澄んでいて、まるで魔王の心の奥底を見通しているかのようだった。


「あなたは、愛を知りたかった。だけど、それを素直に認められなかった」


「ば、馬鹿な……」


 魔王の声に、かすかな動揺が滲んでいた。


「私たちに呪いをかけたのは、愛の力を試すためだったのでしょう? 自分にはないものを、確かめたかったんじゃない?」


 アイリスの言葉は、静かに響いた。


「黙れ! お前になんか、わかるはずがない!」


 魔王の怒号が、広間に響き渡る。


「いいえ、わかるわ。だって、私も……」


 アイリスは、レオンを見た。


「私も、愛を知らなかった。でも、レオンとの旅で、少しずつ理解できるようになったの」


 レオンは、驚いたように目を見開いた。


「アイリス……」


 魔王は、怒りに身を震わせていた。


「くだらん……愛など、この世界には必要ない! 力こそが全てだ!」


 魔王の手から、漆黒の魔力が渦巻く。


「みんな、構えて!」


 レオンの叫びと共に、一同は戦闘態勢に入った。魔王との、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。


 魔力の衝突が、轟音と共に城内に響き渡る。レオンの剣が閃光を放ち、アイリスの魔法が空間を歪ませる。グラムの斧が地を割り、エルの矢が風を裂く。

 激しい戦闘の中、アイリスの心には、魔王への同情が生まれていた。


(魔王の孤独を、あなたは理解できるの……?)


 彼女の瞳に、静かな涙が浮かんでいた。

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