第14話「魔王の涙……? そんなものがあるのか?」

 紅蓮の炎が燃え盛る溶岩の谷。その中央に佇む黒曜石の祭壇で、レオンたちは古代の碑文を見つめていた。


 アイリスのローブが、灼熱の風にはためいている。彼女の紫紺の髪が、溶岩の光に照らされて神秘的な輝きを放っていた。


「これは……魔王の真の目的に関する手がかりかもしれないわ」


 アイリスが呟いた。彼女の瑠璃色の瞳が、碑文の一節に釘付けになっている。


「何て書いてあるんだ?」


 レオンが身を乗り出す。彼の赤銅色の髪が、汗で額に張り付いていた。


 アイリスは、ゆっくりと碑文を読み上げた。


「永き孤独に苛まれし者よ、汝の涙は世界を救わん……」


 グラムが眉をひそめる。彼の鋼の鎧が、溶岩の熱で赤く染まっていた。


「魔王の涙……? そんなものがあるのか?」


 エル・ファリスは、周囲を警戒しながらも、碑文に興味深そうな目を向けていた。


「魔王にも、涙を流す理由があるのかしら……」


 レオンは、腕を組んで考え込んだ。


「そういえば、魔王が俺たちに呪いをかけた理由も、いまいちはっきりしていなかったな」


 アイリスは、レオンの言葉に頷いた。


「ええ、世界征服なんて、どこか的外れな気がしていたわ。魔王には、もっと深い理由があるはずよ」


 その時、突如として地面が揺れ始めた。溶岩が激しく噴き上がり、四方八方から魔物たちが現れ始める。


「くっ、罠か!」


 レオンが叫ぶ。彼は素早く剣を抜き、アイリスを守るように立ちはだかった。


「みんな、気をつけて!」


 エルが警告の声を上げる。彼女は弓を構え、魔物たちに矢を放ち始めた。


 グラムは、巨大な斧を振りかざして魔物たちに立ち向かう。彼の鋼の筋肉が、戦いの熱気に震えていた。


「Fulgur caeleste!」(天空の稲妻よ!)


 アイリスの詠唱と共に、青白い稲妻が魔物たちを薙ぎ倒していく。


 戦いの最中、レオンはふと気づいた。魔物たちの目に、どこか悲しげな色が宿っているように見えたのだ。


「おい、アイリス! この魔物たち、どこか様子がおかしくないか?」


 アイリスも、レオンの言葉に頷いた。


「ええ、まるで……泣いているみたい」


 その瞬間、レオンの脳裏に閃きが走った。


「もしかして、これが魔王の涙なのか?」


 アイリスの目が大きく見開かれる。


「そうよ! 魔王の悲しみが具現化したものかもしれない!」


 レオンは、剣を構えたまま叫んだ。


「みんな、魔物たちを倒すな! ただ、押し返すんだ!」


 エルとグラムは一瞬戸惑ったが、すぐに理解して頷いた。


 一行は、魔物たちを傷つけることなく、ただ押し返すことに専念した。レオンとアイリスは背中合わせになり、魔物たちの攻撃をかわしながら、彼らの悲しみを感じ取ろうとしていた。


「レオン、キスよ! 今なら、きっと何かが変わる!」


 アイリスの声に、レオンは頷いた。二人は、魔物たちに囲まれたまま、唇を重ねた。


 その瞬間、眩い光が二人を包み込んだ。その光は、周囲の魔物たちにも広がっていく。


 光が収まると、魔物たちの姿は消えていた。代わりに、無数の光の粒子が宙を舞っている。それは、まるで涙のようだった。


「これが……魔王の涙?」


 レオンが呟く。アイリスは、光の粒子に手を伸ばした。


「ええ、きっとそうよ。魔王の悲しみと孤独が、ここに……」


 エルとグラムも、驚きの表情で光の粒子を見つめていた。


「まさか、魔王にもこんな悲しみが……」


 エルの声が震えている。


 グラムは、黙って頷いた。彼の瞳にも、理解の色が浮かんでいた。


 レオンは、アイリスの手を取った。


「俺たちの使命は、魔王を倒すことじゃない。魔王の悲しみを理解し、救うことなんだ」


 アイリスは、レオンの言葉に深く頷いた。


「ええ、そうね。私たちは、呪いのおかげで気づいたのかもしれない。愛の力が、世界を救う鍵になるってことに」


 二人の周りを、光の粒子が優しく包み込む。それは、まるで祝福のようだった。


 レオンとアイリスは、互いの目を見つめ合った。そこには、もはや以前のような敵意はなく、深い理解と、芽生えつつある愛情が宿っていた。


 彼らの前には、新たな使命が広がっていた。魔王の涙を集め、その悲しみを癒すこと。そして、真の平和を世界にもたらすこと。


 溶岩の谷に、希望の光が満ちていった。

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