第13話「恋する乙女の手助けをしたことなんて、初めてよ」

 真珠色の霧が立ち込める湖畔の街、ミストヘイブン。


 魔王との本格的な対決を前に、レオンたちは一度街に戻って装備を整え、英気を養っていた。


 深夜。

 銀色の光を放つ街灯が並ぶ石畳の通りを、レオンたちは歩いていた。


 エル・ファリスの緑色のマントが、湿った風に揺れている。彼女の翠の瞳には、不安と期待が交錯していた。


「本当に、セレナ様に会いに行くの?」


 エルの声が震えている。レオンは優しく彼女の肩を叩いた。


「ああ、お前の気持ちを伝えるんだ。俺たちが後押しする」


 アイリスもうなずき、珍しく優しい表情を浮かべた。


「そうよ、エル。あなたの幸せのために、私たちにできることをするわ」


 エルは感謝の笑みを浮かべた。その瞳に、涙が光っている。


「ありがとう、みんな……」


 一行は、湖に浮かぶ水晶宮殿へと向かった。宮殿は、まるで月光を固めたかのような美しさで、湖面に映る姿は幻想的だった。


 宮殿の入り口で、彼らを出迎えたのは、セレナ・エメラルドアイだった。彼女の深緑の瞳が、エルを見つめる。


「エル……来てくれたのね」


 セレナの声には、喜びと戸惑いが混じっていた。


 エルは緊張した面持ちで一歩前に出た。


「セレナ様、私は……私の気持ちを、お伝えしたくて」


 セレナの頬が、薔薇色に染まる。


「エル、私も……あなたに言いたいことがあるの」


 レオンとアイリスは、少し離れた場所から二人を見守っていた。


「ほら、二人とも、気持ちは同じみたいじゃないか」


 レオンが小声で言う。アイリスはくすりと笑った。


「ええ、でも二人とも恥ずかしがり屋ね。このまま行ったら、日が暮れちゃうわ」


 アイリスは、ふと思いついたように立ち上がった。


「レオン、私に付き合って」


「え? どうするんだ?」


 アイリスは、レオンの手を取った。


「恋する乙女の手助けをしたことなんて、初めてよ。でも、きっとこれが一番いい方法だわ」


 アイリスは、エルとセレナの近くまで歩み寄った。そして、レオンの顔を両手で包み込み、唇を重ねた。


 エルとセレナは、驚きの表情を浮かべる。


 キスを終えたアイリスは、少し顔を赤らめながらも、二人に向かって言った。


「ほら、こうすればいいのよ。二人の気持ちを素直に表現するの」


 エルとセレナは顔を見合わせ、そして、ゆっくりと顔を近づけていく。二人の唇が触れ合った。そのキスは、まるで月光のように優しく、儚いものだった。


 レオンとアイリスは、その光景を見守りながら、思わず手を握り合っていた。


「よかったな、エル」


 レオンが呟く。アイリスも小さく頷いた。


「ええ、本当に……」


 エルとセレナのキスが終わると、二人は幸せそうに見つめ合っていた。エルの翠の瞳には、喜びの涙が光っている。


「セレナ、私……ずっとあなたのことが好きでした」


「私も、エル。あなたがいなくなってからも、ずっと好きで、会いたくて仕方がなかった……」


 二人の告白に、宮殿全体が温かな空気に包まれたかのようだった。


 レオンはアイリスの方を見た。彼女の頬がまだ薔薇色に染まっているのが、月明かりに照らされて美しく見えた。


「なあ、アイリス。さっきのキス、あれは……」


 アイリスは、少し恥ずかしそうに目を逸らした。


「あれは、もちろん呪いのためよ。勘違いしないでちょうだい」


 しかし、彼女の声には、いつもの冷たさが感じられなかった。


 レオンは小さく笑った。


「そうか。でも、なんだか少し……特別な気がしたけどな」


 アイリスは何も言わなかったが、その瞳の奥で、何かが揺れ動いているのをレオンは感じ取っていた。


 エルとセレナは、レオンたちの元へと歩み寄ってきた。


「みんな、ありがとう。二人のおかげで、私たち……」


 エルの言葉に、セレナが続いた。


「はい、これからは二人で、この国の未来を、そして私たちの未来を作っていきたいと思います」


 レオンたちは、二人の幸せそうな表情を見て、心から祝福の言葉を贈った。


 水晶宮殿の周りを漂う真珠色の霧が、ゆっくりと晴れていく。そこには、新たな希望に満ちた朝日が昇り始めていた。


 レオンはアイリスの手をそっと握り締めた。アイリスも、その手を離そうとはしなかった。


 二人の心の中で、何かが大きく変わり始めていることを、互いに感じ取っていた。それは、呪いとは呼べないほど温かなものだった。

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