第7話「キスして……今よ!」

 黒檀の棘で覆われた魔樹の森。森の奥深くから、異形の魔物たちの唸り声が響いてくる。レオンたちは息を殺して歩を進めていた。


 アイリスの瑠璃色のローブが、黒い枝に引っかかる。身動きが取れなくなった彼女に気づき、レオンが素早く駆け寄った。


「大丈夫か?」


 レオンの声は、普段よりも柔らかだった。


「ええ、問題ないわ」


 アイリスの返事は冷たかったが、その瞳には僅かな感謝の色が浮かんでいた。


 突然、地面が大きく揺れ動く。巨大な影が二人に覆いかぶさった。


「気をつけろ!」


 グラムの警告の声が響く。


 レオンとアイリスの目の前に現れたのは、巨大な人喰い樹だった。幹は黒く光る鱗のように硬く、無数の触手のような枝が二人に向かって伸びてくる。


「くっ……」


 レオンは剣を構えたが、人喰い樹の攻撃は予想以上に速かった。触手が彼の足首を捕らえ、宙に持ち上げる。


「レオン!」


 アイリスの叫び声が響く。彼女は咄嗟に魔法の詠唱を始めた。


「Fulgur caeleste!」(天空の稲妻よ!)


 青白い稲妻が人喰い樹を直撃する。しかし、その堅い外皮に阻まれ、大きなダメージは与えられない。


 レオンは宙づりにされたまま、必死に剣を振るう。しかし、彼の攻撃も人喰い樹には効果がなかった。


「ちくしょう……このままじゃ……」


 レオンの顔が青ざめていく。人喰い樹の毒が、彼の体内に広がり始めていた。


 アイリスは焦りの色を隠せない。このままでは、レオンが……。


 その時、彼女の脳裏に閃くものがあった。


「レオン! キスして……今よ!」


 レオンは一瞬、混乱した表情を浮かべたが、すぐに理解した。彼は残された力を振り絞って、上体を起こす。


 アイリスが宙に浮かぶレオンに向かって跳躍する。二人の唇が触れ合う。


 その瞬間、二人の体が眩い光に包まれた。人喰い樹の触手が、まるで光に焼かれたかのように縮んでいく。


 光が消えると、レオンとアイリスは地面に立っていた。二人の周りには、縮こまった人喰い樹の残骸が散らばっている。


「まさか……呪いの力が、こんな形で使えるなんて……」


 アイリスは驚きの表情を浮かべていた。


 レオンは少し照れくさそうに頬を掻いた。


「ああ……でも、お前の機転のおかげで助かったよ。ありがとう」


 アイリスは顔を赤らめ、そっぽを向いた。


「当然よ。あなたが死んだら、私も死んでしまうんだから」


 その言葉とは裏腹に、アイリスの胸の内では温かな感情が渦巻いていた。


 グラムはその様子を見て、思わず苦笑した。


「まったく、お前たち二人は……」


 レオンとアイリスは互いの顔を見合わせ、小さく微笑んだ。二人の間に、新たな絆が芽生え始めていた。


 黒い森の奥から、再び魔物たちの唸り声が聞こえてくる。しかし今や、レオンたちの心には迷いはなかった。彼らは互いを信じ、共に前へと進んでいくのだ。

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