第6話「オレの故郷は……もうないんだ」

 翡翠の森を抜けた先に広がる荒涼とした大地。かつてここには豊かな緑と、生命力に満ちた街があったという。しかし今、レオンたちの目の前に広がっているのは、灰色の砂と瓦礫の山だった。


「ここが本当にグラムの故郷なのか?」


 レオンが不安そうに呟いた。彼の赤銅色の髪が、乾いた風に揺れる。


「ええ、間違いないわ。グラムが言っていた地形と一致するもの」


 アイリスが地図を確認しながら答えた。彼女の瑠璃色のローブが、砂埃で薄く色づいていく。


 二人の少し後ろを歩いていたグラム・ストーンハートは、重い足取りで一歩前に出た。彼の鋼鉄の鎧が、風に舞う砂埃で曇っていく。


「ここが……オレの故郷だ」


 その言葉に、レオンとアイリスは言葉を失った。


「グラム……」


 レオンが声をかけようとしたが、適切な言葉が見つからない。


 アイリスは静かにグラムの肩に手を置いた。


「私たちがここに来ることを提案したのは軽率だったかもしれないわ」


 グラムは首を横に振った。


「いや、来て正解だ。オレは……これを見なければならなかった」


 レオンは眉をひそめ、周囲を見回した。


「でも、どうしてこんなことに……。グラム、お前が故郷を離れたのはいつだ?」


「そうだな……7年前だ。オレが旅に出る直前まで、ここは活気に満ちた街だった」


 グラムの声には、深い悲しみが滲んでいた。


「7年前といえば……」


 アイリスが思い出したように言う。


「ああ、魔王軍が本格的に動き始めた頃だな」


 レオンが言葉を継いだ。


「そうか、だからお前は俺たちの旅に同行することを決めたのか」


 グラムはゆっくりと頷いた。


「ああ。オレの故郷を守れなかった。だが、他の誰かの故郷をこんなことにはしたくない。それが、オレがお前たちと共に戦う理由だ」


 レオンとアイリスは、互いに目を合わせた。

 二人の目には、グラムへの深い敬意と同情の色が浮かんでいた。


「グラム、俺たちは必ず魔王を倒す。そして、この地を元の姿に戻すんだ」


 レオンの声には、強い決意が込められていた。


「ええ、それが私たちの使命よ」


 アイリスも同意した。


 グラムは二人を見て、小さく微笑んだ。


「ありがとう、お前たち。さあ、行こうか。オレの……かつての家があった場所へ」


 三人は互いの絆を確かめ合うように、肩を寄せ合って歩き始めた。彼らの前には、廃墟と化した街が広がっていた。


 やがて一行は、かろうじて形を留めている建物の前で立ち止まった。半ば崩れかけた石造りの建物。その扉には、かすかに「酒場」の文字が読み取れる。


「ここだ……オレが育った場所だ」


 グラムの声は震えていた。


 レオンは恐る恐る中に足を踏み入れた。埃っぽい空気が鼻をくすぐる。朽ちかけたテーブルと椅子。壁にはかつての賑わいを物語る絵が掛かっていた。


「グラム、これは……?」


 レオンが指さした先には、幼いドワーフの少年を抱く夫婦の肖像画があった。


「ああ……オレとオヤジとオフクロだ」


 グラムの目に、涙が光った。


 アイリスは静かにグラムに寄り添った。彼女の冷たい態度は影を潜め、温かな同情の色が浮かんでいた。


「何があったんです?」


「魔王軍の襲撃だ……」


 グラムの声が途切れた。彼の肩が小刻みに震えている。


 レオンは拳を握りしめた。魔王への怒りが、彼の中で燃え上がる。


「必ず……必ず魔王を倒す。そしてこの地を元の姿に戻すんだ」


 レオンの言葉に、グラムはゆっくりと顔を上げた。


「ああ……オレも力を貸す。オレの故郷は……もうないんだ。だからこそ、他の誰も、オレと同じ思いをさせたくない」


 グラムの瞳に、再び新たな決意の炎が宿った。


 アイリスは静かに二人を見つめていた。彼女の心の中で、仲間たちへの思いが、これまで以上に強くなっていくのを感じていた。


 夕暮れの光が、廃墟となった街に差し込む。それは悲しい光景だったが、同時に新たな旅立ちの象徴でもあった。


 レオンはふと、アイリスの方を見た。彼女も同じタイミングでレオンを見ており、二人の目が合う。一瞬の躊躇いの後、レオンが小さくうなずいた。アイリスも同じようにうなずき返す。


 二人は静かに顔を近づけ、柔らかな口づけを交わした。今回のキスには、これまでにない温かさがあった。それは仲間への思いやり、そして共に戦う決意が込められていたからかもしれない。


 キスを終えた二人は、何も言わずにグラムの元へと戻っていった。三人は肩を寄せ合い、夕陽に照らされる故郷の廃墟を静かに見つめていた。


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