第4話「キスなんかより、死を選ぶわ!」

 メルヘイムの郊外、緑豊かな丘の上に建つ古城。その最上階の一室で、レオンとアイリスは激しい口論を繰り広げていた。


 部屋の内装は豪華絢爛で、赤と金の壁紙が華やかさを醸し出している。大きな窓からは、遥か彼方まで続く草原の景色が広がっていた。しかし、そんな美しい光景も二人の目には入らない。


「何が『キスなんかより、死を選ぶわ!』だ! 命を粗末にするな!」


 レオンが怒鳴る。彼の顔は怒りで真っ赤になっていた。


「あなたには関係ないでしょ! 私の命なんだから、私が決めるわ!」

「俺の命でもあるだろうが!」


 アイリスも負けじと言い返す。彼女の目は氷のように冷たく、レオンを睨みつけていた。


 事の発端は、今朝のことだった。二人は昨日、エルに邪魔されてキスができなかった。そのため、今日の朝一番でキスをしなければならなかったのだ。しかし……。


「なぜだ? なぜ突然キスを拒否する? 今までだってイヤイヤながらもやってきたじゃないか!」


 レオンの声には怒りと共に、焦りも混じっていた。


「……もう耐えられないの」


 アイリスの声が小さくなる。


「何?」


「もう耐えられないのよ! 毎日毎日、あなたとキスなんて……私の心が……私の気持ちが……」


 アイリスの声が震える。彼女の目には涙が光っていた。


 レオンは一瞬、言葉を失う。アイリスのそんな表情を見るのは初めてだった。


「アイリス……お前、まさか」


「違うわ! あなたのことなんて大嫌い! だからこそ、もうこれ以上耐えられないの!」


 アイリスの叫びが部屋中に響き渡る。その瞬間、彼女の体が光に包まれた。


「っ!」


 激痛が全身を走る。アイリスは膝をつき、苦しそうに胸を押さえた。呪いの効果が現れ始めたのだ。


「アイリス!」


 レオンが駆け寄る。しかし、アイリスは彼を押しのけた。


「触らないで! 私は……私は……」


 アイリスの声が弱々しくなっていく。レオンは焦りと恐怖で顔を歪めた。


「くそっ……!」


 レオンは迷うことなく、アイリスを抱き寄せた。


「離して……!」


 アイリスは抵抗しようとするが、もはや力が入らない。


「バカ野郎……勝手に死ぬんじゃねーよ……!」


 レオンの唇がアイリスの唇を塞いだ。


 ……。


 10秒が過ぎ、アイリスの体を包んでいた光が消えた。痛みも和らいでいく。


 レオンがゆっくりとアイリスから離れる。二人は互いの目を見つめ合った。


「……なんで」


 アイリスが小さな声で尋ねる。


「当たり前だろ。お前が死ぬのを、黙って見てられるわけねえだろ」


 レオンの声は、いつになく優しかった。


 アイリスは何も言えず、ただ涙を流すばかりだった。レオンは黙ってアイリスを抱きしめた。


 二人の心の中で、何かが大きく変わり始めていた。


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