第3話「別に今日はそんなに暑くないわよね……?」

 古都メルヘイムの賑わう市場。色とりどりの布で覆われた露店が立ち並び、香辛料や焼きたてのパンの香りが空気を満たしていた。レオンとアイリスは、その喧騒の中を歩いていた。


 レオンは鎧の上に茶色の外套を羽織り、アイリスは黒いローブの代わりに青いワンピースを身につけていた。二人とも、できるだけ目立たないよう心がけていた。


「今日はどこで?」


 レオンが小声で尋ねる。アイリスは周囲を警戒しながら答えた。


「変な言い方しないでよ! ……とにかく人目につかない場所を探さないと」


 二人は市場を抜け、狭い路地に入った。石畳の道は曲がりくねり、両側には古い木造建築が立ち並んでいる。時折、頭上の洗濯物が風に揺れる様子が目に入る。


 突然、レオンが立ち止まった。


「おい、あそこはどうだ?」


 彼が指さす先には、小さな中庭があった。苔むした石像と、枯れかけた噴水。人気はなく、格好の場所に思えた。


 二人は中庭に入り、周囲を確認する。誰もいないことを確かめると、向かい合って立った。


「じゃあ、始めよう」


 レオンが言うが、その声には緊張が混じっていた。アイリスも頷いたが、その瞳には不安の色が浮かんでいる。


 二人が顔を近づけようとしたその時、突然の声が響いた。


「レオン! アイリス! どこにいるの~?」


 飛び上がるように離れる二人。振り返ると、そこにはエル・ファリスが立っていた。長い金髪をなびかせ、愛用の弓を背負った姿は、まるで妖精のようだった。


「え、エル!? なぜここに……」


 レオンが動揺した様子で尋ねる。アイリスは平静を装おうとするが、頬が赤くなっているのを隠せない。


「二人を探してたのよ。次の目的地について相談が……あら? 二人とも顔赤いけど、何かあった?」


 エルの無邪気な質問に、レオンとアイリスは言葉に詰まる。


「い、いや、何でもない! ちょっと日差しが強くてな」


 レオンが慌てて言い訳をする。アイリスも頷くが、エルの疑わしげな表情は消えない。


「そうなの?」


「そうよ!」

「そうだ!」


「別に今日はそんなに暑くないわよね……?」


 エルはまだ釈然としない様子だったがレオンとアイリスへの追及はやめたようだ。


 二人は安堵のため息をつくが、同時に焦りも感じていた。時間が経つにつれ、呪いの期限が迫っているのだ。


「エル、悪いが後で話そう。今は少し急ぎの用事があってな。マジで急ぎなんだ、マジのマジなんだ!」


 レオンが言うと、アイリスも同意する。


「そうね、本当に申し訳ないけど」


 エルは少し不満そうだったが、頷いた。


「わかったわ。じゃあ、また後で」


 エルが去った後、レオンとアイリスは顔を見合わせた。二人の目には、安堵と焦り、そして言い表せない複雑な感情が浮かんでいた。


「もう時間がない。早く場所を……」


 アイリスの言葉を遮るように、遠くの時計塔が鐘を鳴らし始めた。

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