第一話 4月1日

 その日は、大学を卒業して新卒で入社した会社への初出勤だった。


 元々実家が田舎だったが、選んだ会社は都会にあるひとつのビルに入った小さなIT企業だった。実家から通うのは流石に無理があると判断し一人暮らしを始めた。

 本当は大学時代も一人暮らしをしたかったのだが、今となっては実家から大学に通っていて良かったと思う。朝が弱い自分は絶対に寝坊をして単位を落としていただろう。

 そんな自分は初出勤早々に寝坊をし、出勤時間ギリギリに到着した。

 「なるべく、出勤時間の20分前には着いているように」

 教育係の先輩からそう伝えられ、そんなに早く出勤しなければならないのかと啞然とした。

 と同時に、大学時代は本当に甘えた生活をしていたなと気づいた。

 授業には開始時間ギリギリに到着しても良いし、むしろ遅れても出席カードが配られる前に到着すれば出席扱いになる。

 それに、朝は親が起こしてくれて、寝坊したときは駅まで車で送ってくれた。

 そういえば、ベージュ色のボトムスを履いて自転車で駅に行ったとき、

 「雨が降っていてボトムスが汚れたらいけないから」

 と迎えにきてくれたこともあったっけ。

 そんなことを考えている間に入社式が終了し、社長の有難い言葉は一つも頭に入っていなかった。

 いや、入れるつもりがなかった、に近い。正直どうでも良かった。


 入社式を終え、自分と同期たちはビルの案内を受けた。

 食堂の場所と喫煙所、これはマストで覚えなければならない。それ以外、自分が所属する部署のフロアさえ覚えておけばいい。

 そう思って、ただ皆についていっただけで終わった。


 そして入社手続き、会社規定の説明、先輩たちの自己紹介、明日から行う研修について説明を受け、やっと自分のパソコンが配布された。

 ──IT企業なのにこんな古いノートパソコンかよ。

 と思ったが、もちろん口には出さなかった。

 パソコンで使うツール等の説明を受け、やっと定時を迎えたため退社した。

 退社する際の挨拶周りも説明を受けた。

 ばかばかしいと思ったが、こちらももちろん口には出さなかった。


 帰りは同期たちと途中まで一緒に帰る流れになった。

「社長の言葉、すごく沁みたよね」

「ね、しかもパソコンもIT企業!って感じがして使うのが楽しみ」

「挨拶回りも、偉い人たちに直接伝えられるって有難いよね」

 同期がそんな言葉を口々に伝え合っている。

 全く同意できなかったが、ここで異を唱えてしまえば今後の人間関係に支障が出るだろう。

 適当な相槌を打ちながら会話に混ざり、

「じゃあ、ここで」

 と駅付近で解散した。


 その日は入社することのできた喜びよりも、これからこの会社に縛られていくのかという憂鬱さが強かった。

 近所のコンビニで酒の肴とビール、そして残り少ない煙草を補充し、家に着く。

 まずは一服し、買ったモツ煮をつまみながらビールを一口飲んだ。

 今日感じた違和感は、皆が皆持つものではないのだろうか。素敵だ、今後が楽しみだ、という思いのほうが当たり前なのだろうか。

 ──社会不適合者。

 大学時代に言われた言葉を思い出し、嫌気がさした。それを流し込むようにビールを一気に飲み干した。

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