第3話
清十郎の通っている学校に着いた。「怪払学校」という名前のようだ。外観は普通の学校と変わりないように感じる。
校門と通り校内に入ると、清十郎が口を開く。
「ようこそ、怪払学校へ。先生には話をしてあるから、教室に行こっか」
「あぁ」
普通の学校と変わりないように感じていた。だがそれは間違いだった。学校へ歩みを入れた途端の空気が周囲のそれとは違う。いや、俺の中にある何かが動いた。
「ねぇ、蓮太郎」
「……なんだ?」
「今、妖怪って見える?」
「今か? 何も見えないが……。お前しかいないだろう」
「そっか」
試されているのだろうか。見渡してもそれらしきものはいない。まず、妖怪はコウタしか見たことがない。もしかしたら本当は、コウタを鬼だと思い込んでいるだけかもしれない。あの角に触った時の感覚も、思い込みかもしれない。考えれば考える程、疑心暗鬼になっていく。
そんなことを考えているうちに、教室に着いてしまった。緊張している俺を背に、清十郎が扉を開けた。
「おはようございます。先生! 連れてきましたよ。僕の友達の立花蓮太郎くんです」
「はじめまして。立花蓮太郎だ」
清十郎の背中を避け、先生と呼ばれた人に顔を合わせた。先生らしき人は、丸眼鏡をかけたボサボサの黒髪で、冴えない男だった。俺より冴えないかもしれない。
「は、はじめまして立花くん。話は聞いています。僕は一色薫。怪払学校で先生をしています。えへへ」
きっと優しい人だ。声や喋り方がとても柔らかかった。ただ、冴えないが。
「……清十郎が言ってた、妖怪が見えるって奴?」
気だるげな声が聞こえてきた。声の先は、机に足を乗せている男だった。茶髪で少し伸びた髪を結っている。荒っぽくて俺とは相性が悪そうだ。その男以外にも数人、生徒らしき人が座っている。
「そ、そうそう! それで合ってるよね?」
「あぁ」
「それは、どんな感じの妖怪だったのかな?」
「鬼だ。見た目は中学生くらいで、鬼と人間の間に生まれたと言っていた」
そう言うと、教室は静かになった。
「そっか、立花くん。えっとね。これはとてもとても稀な事なんですけど、妖怪と人間の間に生まれた子はいるんです。それは分かりますよね?」
「あぁ。俺も最初に聞いた時は理解が出来なかったが」
「それは半妖怪で、普通の人間にも見えやすいんです」
「普通の人間?」
「妖怪はあるべき世界に住んでいます。しかしこの人間界に迷い込んだ妖怪がいる。人間界にいる妖怪は、人を殺し惑わすんです。ここは、そんな妖怪を退治する怪払師を育成する特別校です。元々妖怪が見える家系の人達が通っている学校なんです。半妖怪は人に紛れているけど、根は妖怪だから犯罪を犯しやすいという特徴があります」
「……本当に妖怪は存在するのか?」
「驚いたよね?」と清十郎が言う。
「あぁ。……もちろんだ」
妖怪を退治する。……怪払師。そんなものがあるのか。
「立花くんは半妖怪を見ただけで、それ以外の妖怪は見ていないんですよね?」
「……あぁ」
「自分から妖怪だって打ち明ける半妖怪も珍しいけど、なんで妖怪だって信じたんですか?」
「ツノを触った時、不思議な力を感じた。その鬼が言っていた妖力を感じ取ったのかもしれない。気のせいかもしれないがそれだけだ」
「うーん、おかしいな。普通の人間はそんなことを感じないはず……。でも妖怪は見えていない……」
一色先生は何かを考え込んでいる。俺がおかしな事を言ったのだろうか。
「もしかしたら、半妖怪に触れたことで、後天的に妖怪の力を感じ取れるようになったのかもしれないですね。すぐ妖怪が見えていなくとも、直に見えるようになるはず。……ちょっと着いてきてください」
そう言うと一色先生は教室を出た。
「……分かった」
俺と清十郎はそれを追うように歩いた。教室を出る直前、振り返って生徒らしき人を見た。彼らは皆、怪払師というものなのだろうか。四人。生徒にしては人数が少なすぎる気がするが、普通に過ごしていたら知ることのなかった怪払師という存在。少なくて当たり前かもしれない。
「ちょっと待っていてください」
一色先生はそう言うと、駆け足で倉庫らしき場所へ向かった。
俺と清十郎はポツリと校庭に立たされている。
「校庭で何かするのか?」疑問に思い清十郎に尋ねてみた。
「うーん。確認じゃない?」
「確認?」
少しすると一色先生が戻ってきた。手には布が被さった小さな籠を二つ持っている。すると一色先生が俺に言った。
「これ、見えますか?」
籠の片方を地面に置き、バサッと布を取った。
「何も見えないが……」
「そっか……。じゃあこっちは?」
もう片方を地面に置き、布を取った。
「……見える」
ドロドロとグロテスクな小さい化け物がいた。そして俺の中の何かが動き、よろめいた。
「蓮太郎、大丈夫?」
「あ、あぁ。大丈夫だ」
「まぁ、驚くのも無理はないよね。こんな見た目だし」
籠の中で化け物が動いている。籠から出たがっているようだ。一色先生が口を開く。
「立花くん。これが妖怪です」
「妖怪……」
「もう一つの籠にも妖怪が入っていたんだけど、まだ一部しか認識できていないみたいですね。もしかしたら、立花くんの言う鬼のツノに触ったことがきっかけで、徐々に見えるようになったのかもしれない。この妖怪は名前すらついていない低級妖怪です。低級であっても殺すことになります」
「殺す……」
「そう。低級妖怪でもいつ大きくなるか分からないし、そもそも人間界に居てはいけないですからね」
「殺すって、どうやって……」
「そのままの意味です」
そう言うと一色先生は籠から妖怪を解放し、着物の袖から取り出した小刀で妖怪を斬った。すると、妖怪は僅かに液体を出したが液体諸共さらさらと消えていく。
「消えた……」
「こうやって妖怪を退治していく。そういうことをするのが怪払師の役目です。妖怪が見える人しかできないから、怪払師になれる人は限られてしまいます」
一色先生は微笑みながらそう言った。そして清十郎が口を開く。
「……蓮太郎。直ぐにとは言わないから、怪払師にならないかな?」
「俺が、怪払師?」
急に言われ驚いていると、一色先生が口を開く。
「立花くん。怪払師ははるか昔から存在しています。でも、現在は人数が激減していく一方。人手不足なんです」
「でも俺は、まだ妖怪が見え始めたばかりだ。全て見えている訳でもない」
「それでもいい。これからもっと見えるようになるはず。必ず立花くんの力が必要になります」
一色先生がそう言うと、清十郎が優しく声をかける。
「蓮太郎、少しでもいいから考えてくれると嬉しいな」
「……あぁ、分かった」
「じゃあ、今日はこれくらいで」
頭が混乱している。妖怪を殺すことで退治する怪払師。そして妖怪が見えるようになってしまった俺。……こんな俺でも人の役に立てるのか? 妖怪は人を殺し惑わすと言っていた。人間界にとって必要のない存在。清十郎はこんな学校に通っていたのか。しかし、俺は妖怪が見えても殺す力は持っていないだろう。俺は何も出来ない。今までもそうだった。全てが平均。清十郎はきっと怪払師としても優れているんだろう。俺は……。
「やる」
「え?」
「俺は怪払師になる」
なぜだ。なぜそう言った。俺は断るつもりだった。
「ありがとう、蓮太郎! 蓮太郎ならそう言ってくれると思ったよ!」
清十郎が俺に抱きつく。俺は少し嬉しかった。俺が必要とされているそんな状況が。もしかしたら、俺は必要とされたかったのか? 今までの平凡で退屈な生活に飽き飽きしていたのか? 興味本位? そうかもしれない。
「なぁ、清十郎」
「なに? 蓮太郎」
「……俺は、役に立てるか?」
「もちろんだよ、蓮太郎!」
こうして俺は怪払学校へ通うことになった。世話をしてもらっている叔父と叔母には、やりたいことが出来たから学校を変えたいとだけ伝えた。それだけの理由だったが承諾してくれた。普段あまり話すことはないが、俺を認めてくれているのだろうか。初めて何かに興味を示した俺が、嬉しかったのだろうか。
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