第2話
「今日は雨か……。学校へ向かうのも億劫だな」
昨日の出来事を思い出し、頭の中で渦巻く不思議な感覚に、俺は違和感を覚えた。
傘を差しながら、ぬかるむ道を歩き、俺は学校へ向かった。
「おはよう、蓮太郎」
隣にやってきたのは、俺の唯一の友人である
学校は違うが、途中まで道が同じということで一緒に歩くことが多い。
「あぁ、おはよう。清十郎はいつも元気そうだな」
清十郎は覗き込むように顔を傾けると、耳飾りがカチャリと音を立てる。
「蓮太郎はいつも気だるげだよね」
「そうかもしれんな」
「でもいつもより元気な気がする。何かいいことでもあった?」
「いいことはないな。不思議なことはあった」
鬼。清十郎に言って伝わるのだろうか。馬鹿にしていると思われてしまうだろうか。
「何それ、僕に教えてよ」
「……奇怪なことだ。夢の中での出来事と言っても過言ではない」
「ふーん。……あ、そういえば蓮太郎。与吉の新作本持ってたよね」
一瞬興味を示したが、本の方が気になっているようだった。
「持っているぞ、まだ読んでいる途中だがな」
「読み終わったら貸してほしいな」
「いいぞ、お前は与吉が好きか?」
すると、清十郎は指を顎に当て考え込んだ。
「うーん。好きでも嫌いでもないかな。でも、どちらかというと好き……?」
「ふん。悪趣味だな」
「そんなこと言わないでよ。だから友達少ないんだよ!」
至極当然のことを言い返されてしまった。否定はできない。
「清十郎がいればいいさ」
「もう、そんなこと言って! ……あ、今日学校終わったら予定ある?」
「ないぞ」
「じゃあ、僕の家で勉強しようよ。蓮太郎は本読んでていいからさ。お茶とお菓子も出すし」
「わかった。毎回思うが、俺がいる意味はあるのか?」
「あるよ。お喋り相手でもあるし、監視係でもある。誰かと一緒だとやる気出るんだよね。……あ、もうここ着いちゃったね。じゃあまた!」
「あぁ。また」
分かれ道に着き、笑顔で手を振る清十郎と別れ、俺は学校へ向かった。学校は相変わらず退屈で、ため息ばかりついてしまう。
◇◇◇
退屈な学校が終わり、約束通り清十郎の家に着いた。
コンコンと玄関をノックすると、少しばかりしてからガラガラと開いた。
「待ってたよ! さぁ、入って」と清十郎が出てきた。
「邪魔する」
何度も来ているからか、この玄関も見慣れてしまった。老化を進み、部屋の前に着いた。
「部屋、ちょっとだけ模様替えしたんだ。どうぞっ」
と言いながら、清十郎は部屋の襖を開けた。
「おぉ。随分変わったな」
元々あった本棚の位置が変わり、机も新しいものに変わっていた。動かすのは相当体力を使っただろう。
模様替えは気持ちが切り替わり、物事を新しい心で臨めるようになる。自分の部屋ではないが嬉しく感じた。
「じゃあ、適当に座ってて。お茶とお菓子持ってくるね」
「あぁ、ありがとう」
清十郎は部屋を出て襖を閉めた。俺は本棚を見る。いつも気になっていたのだ。
清十郎の本棚には妖怪にまつわる本が多い。単なる趣味なのだろうが、鬼のことを伝えたらどう思うだろうか。変なやつに思われるだろうが、一度話してみても良いだろうか。少なくとも妖怪に興味があるのなら、俺の体験した話も興味を持つだろう。
一冊手に取ってみる。『妖怪と人』。頁を捲ろうとした時、足音が近づいて来たため本を閉まった。
襖が開き、清十郎が羊羹と茶が乗っている盆を持って入ってくる。
「蓮太郎、どうしたの? 浮かない顔して」
「いいや、なんでもない」
そう言って俺と清十郎は座布団の上に座り、机に盆を乗せた。
「はい。お茶とお菓子。羊羹好きだよね」
「あぁ、よく覚えているな」
「もちろん。それくらい覚えるよ。…………さてと、勉強するかぁ」
清十郎は本を手に取り、頁を捲り始めた。
「なぁ、清十郎」
「ん? なぁに」
「……霊や妖怪の類は信じるか?」
その言葉を聞くと、清十郎は動かしていた手を止めた。
「どうしたの? 蓮太郎」
「いや、単純にきになったのだ。ほら、清十郎は妖怪の本を沢山持っているだろう? だから、信じているのだろうかと気になったのだ」
「蓮太郎は、信じる?」
清十郎の目が鋭く感じた。いつもの優しい微笑みを浮かべているが、こんな目は初めてだ。鈍い俺でもわかる。纏っている空気が変わった。清十郎が本当に興味を持っていることなのだからだろうか。この目は興味の目なのだろうか。
「俺は、信じている。……いや」
「いや?」
清十郎は首を傾げ、耳飾りが静かな部屋にカチャリと響く。
「俺は…………」
隠すことでもない。そんなことを信じているのかと笑い話にされるだけだ。それだけのはずなのに、何故こんなにも緊張するのだ。
俺は一呼吸置き、ゆっくりと息を吸ってから言った。
「鬼を見た」
「見た?」
清十郎は少し目を見開いた。驚くのは当たり前だ、ついにおかしくなったのかと言われるのだろうか。
「本当に?」と清十郎は疑問を投げた。
「あぁ、この目で見て、会話をした」
黙った。静かだった。静寂が苦しい。俺は喉を鳴らし唾を飲み込んだ。その音は清十郎にも聞こえているだろう。
「清十郎、やっぱりこの話は……」
「蓮太郎」
清十郎は本をチラリと見てから目線を俺に向けた。その目は、真剣だった。
そして清十郎は言葉を続ける。
「僕の学校に来てほしい」
「……え?」
「今の学校を辞めて、僕の学校に通うんだ。いや、まだ辞めなくていい。一度でいいから来てほしい」
「…………からかっているのか?」
「真剣だよ。蓮太郎。明日、僕の学校へ来て」
清十郎との付き合いは長いが、どんな学校に通っているの興味を持っていなかった。だが、知らなかった。こんな学校があったなんて。
◇◇◇
翌日。
「蓮太郎。おはよう」
「あぁ、おはよう」
いつものように待ち合わせをしてやって来た清十郎は、いつもの清十郎と変わらない様子だった。
「来なかったらどうしようと思ってたよ」
「あんな真剣な目をされたら行くしかないさ」
あの時の清十郎は、今隣を歩いている清十郎とは別人のようだった。
「清十郎の通っている学校は、妖怪について研究している研究者がいるのか?」
「うーん、研究者じゃないけど、まぁ、あってることはあってるかな」
「……難しいな」
「驚かないでって言っても無理な話だろうけど、僕の通っている学校は特殊なんだ。……ねぇ、蓮太郎」
すると、突然歩みを止め、いつもの優しい笑みを浮かべながらこう言った。
「妖怪はいるよ」
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