第2話


「今日は雨か……。学校へ向かうのも億劫だな」


 昨日の出来事を思い出し、頭の中で渦巻く不思議な感覚に、俺は違和感を覚えた。

 傘を差しながら、ぬかるむ道を歩き、俺は学校へ向かった。


「おはよう、蓮太郎」


 隣にやってきたのは、俺の唯一の友人である瓦清十郎かわらせいじゅうろう。柔らかく色素の薄い茶色の髪、長いまつ毛、整った顔立ち、優しい性格。何においても俺より優れている。左耳には、俺が誕生日に贈った銀色の耳飾りをつけている。

 学校は違うが、途中まで道が同じということで一緒に歩くことが多い。


「あぁ、おはよう。清十郎はいつも元気そうだな」


 清十郎は覗き込むように顔を傾けると、耳飾りがカチャリと音を立てる。


「蓮太郎はいつも気だるげだよね」

「そうかもしれんな」

「でもいつもより元気な気がする。何かいいことでもあった?」

「いいことはないな。不思議なことはあった」


 鬼。清十郎に言って伝わるのだろうか。馬鹿にしていると思われてしまうだろうか。


「何それ、僕に教えてよ」

「……奇怪なことだ。夢の中での出来事と言っても過言ではない」

「ふーん。……あ、そういえば蓮太郎。与吉の新作本持ってたよね」


 一瞬興味を示したが、本の方が気になっているようだった。


「持っているぞ、まだ読んでいる途中だがな」

「読み終わったら貸してほしいな」

「いいぞ、お前は与吉が好きか?」


 すると、清十郎は指を顎に当て考え込んだ。


「うーん。好きでも嫌いでもないかな。でも、どちらかというと好き……?」

「ふん。悪趣味だな」

「そんなこと言わないでよ。だから友達少ないんだよ!」


 至極当然のことを言い返されてしまった。否定はできない。


「清十郎がいればいいさ」

「もう、そんなこと言って! ……あ、今日学校終わったら予定ある?」

「ないぞ」

「じゃあ、僕の家で勉強しようよ。蓮太郎は本読んでていいからさ。お茶とお菓子も出すし」

「わかった。毎回思うが、俺がいる意味はあるのか?」

「あるよ。お喋り相手でもあるし、監視係でもある。誰かと一緒だとやる気出るんだよね。……あ、もうここ着いちゃったね。じゃあまた!」

「あぁ。また」


 分かれ道に着き、笑顔で手を振る清十郎と別れ、俺は学校へ向かった。学校は相変わらず退屈で、ため息ばかりついてしまう。


◇◇◇


 退屈な学校が終わり、約束通り清十郎の家に着いた。

 コンコンと玄関をノックすると、少しばかりしてからガラガラと開いた。


「待ってたよ! さぁ、入って」と清十郎が出てきた。

「邪魔する」


 何度も来ているからか、この玄関も見慣れてしまった。老化を進み、部屋の前に着いた。


「部屋、ちょっとだけ模様替えしたんだ。どうぞっ」


 と言いながら、清十郎は部屋の襖を開けた。


「おぉ。随分変わったな」


 元々あった本棚の位置が変わり、机も新しいものに変わっていた。動かすのは相当体力を使っただろう。

 模様替えは気持ちが切り替わり、物事を新しい心で臨めるようになる。自分の部屋ではないが嬉しく感じた。


「じゃあ、適当に座ってて。お茶とお菓子持ってくるね」

「あぁ、ありがとう」


 清十郎は部屋を出て襖を閉めた。俺は本棚を見る。いつも気になっていたのだ。

 清十郎の本棚には妖怪にまつわる本が多い。単なる趣味なのだろうが、鬼のことを伝えたらどう思うだろうか。変なやつに思われるだろうが、一度話してみても良いだろうか。少なくとも妖怪に興味があるのなら、俺の体験した話も興味を持つだろう。

 一冊手に取ってみる。『妖怪と人』。頁を捲ろうとした時、足音が近づいて来たため本を閉まった。

 襖が開き、清十郎が羊羹と茶が乗っている盆を持って入ってくる。


「蓮太郎、どうしたの? 浮かない顔して」

「いいや、なんでもない」


 そう言って俺と清十郎は座布団の上に座り、机に盆を乗せた。


「はい。お茶とお菓子。羊羹好きだよね」

「あぁ、よく覚えているな」

「もちろん。それくらい覚えるよ。…………さてと、勉強するかぁ」


 清十郎は本を手に取り、頁を捲り始めた。


「なぁ、清十郎」

「ん? なぁに」

「……霊や妖怪の類は信じるか?」


 その言葉を聞くと、清十郎は動かしていた手を止めた。


「どうしたの? 蓮太郎」

「いや、単純にきになったのだ。ほら、清十郎は妖怪の本を沢山持っているだろう? だから、信じているのだろうかと気になったのだ」

「蓮太郎は、信じる?」


 清十郎の目が鋭く感じた。いつもの優しい微笑みを浮かべているが、こんな目は初めてだ。鈍い俺でもわかる。纏っている空気が変わった。清十郎が本当に興味を持っていることなのだからだろうか。この目は興味の目なのだろうか。


「俺は、信じている。……いや」

「いや?」


 清十郎は首を傾げ、耳飾りが静かな部屋にカチャリと響く。


「俺は…………」


 隠すことでもない。そんなことを信じているのかと笑い話にされるだけだ。それだけのはずなのに、何故こんなにも緊張するのだ。

 俺は一呼吸置き、ゆっくりと息を吸ってから言った。


「鬼を見た」

「見た?」


 清十郎は少し目を見開いた。驚くのは当たり前だ、ついにおかしくなったのかと言われるのだろうか。


「本当に?」と清十郎は疑問を投げた。

「あぁ、この目で見て、会話をした」


 黙った。静かだった。静寂が苦しい。俺は喉を鳴らし唾を飲み込んだ。その音は清十郎にも聞こえているだろう。


「清十郎、やっぱりこの話は……」

「蓮太郎」


 清十郎は本をチラリと見てから目線を俺に向けた。その目は、真剣だった。

 そして清十郎は言葉を続ける。


「僕の学校に来てほしい」

「……え?」

「今の学校を辞めて、僕の学校に通うんだ。いや、まだ辞めなくていい。一度でいいから来てほしい」

「…………からかっているのか?」

「真剣だよ。蓮太郎。明日、僕の学校へ来て」


 清十郎との付き合いは長いが、どんな学校に通っているの興味を持っていなかった。だが、知らなかった。こんな学校があったなんて。


◇◇◇


 翌日。


「蓮太郎。おはよう」

「あぁ、おはよう」


 いつものように待ち合わせをしてやって来た清十郎は、いつもの清十郎と変わらない様子だった。


「来なかったらどうしようと思ってたよ」

「あんな真剣な目をされたら行くしかないさ」


 あの時の清十郎は、今隣を歩いている清十郎とは別人のようだった。


「清十郎の通っている学校は、妖怪について研究している研究者がいるのか?」

「うーん、研究者じゃないけど、まぁ、あってることはあってるかな」

「……難しいな」

「驚かないでって言っても無理な話だろうけど、僕の通っている学校は特殊なんだ。……ねぇ、蓮太郎」


 すると、突然歩みを止め、いつもの優しい笑みを浮かべながらこう言った。


「妖怪はいるよ」

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