奇奇怪怪、サクラ。

あまいろ廉

第1話

 人生はつまらない、けれどたまに面白い。


◇◇◇


「ふぁ〜……、眠いな。今日は学校がないし、何もやることがない」


 俺、立花蓮太郎たちばなれんたろうはしがない学生。同じ日々を繰り返す。学校へ行ってそれとなく学び、学校がないと本を読み、ただ時間が過ぎるのを待つ。毎日つまらない。俺はこうやって死んでゆくのだと思った。もう、これはしょうがないことだと思う。俺は何もできない。いや、出来てはいる。秀でたものがない。全て平均点なのだ。と、そんなことを思いながら嗅ぎ慣れた畳の香りを感じながら寝転がる。


「本でも読むか。……そういえば与吉が新作小説を出していたな」


 しかし、本に手は伸ばさず上を見るだけだった。


「うーん。窮屈だ」


 たまに家の中が窮屈になる。そんな時はいつも森の中へ行く。森を少し進むと、小さな開けた場所がある。そこで寝転がりながら本を読むのだ。今日はその森へ行こう。そう思い体を起こした。


「……よいしょ。ふぅ。さて、出かけるか」


 草木の匂いや音、暖かい光が好きだ。俺は服を着替え、靴を履き、本を手にして森へ向かった。

 見慣れた道をゆっくりとした足取りで進み、名もない森へ辿り着く。


「今日はいい天気だな。……よし、ここでいいか」


 さらさらと音を立てる草木。風が心地よい。靡く髪が少しくすぐったいが、それもまた良い。腰を下ろし寝転がろうとした時。


「何してんの?」

「なっ! ……なんだ、子供か」

 そこには中学生くらいの少年がいた。身なりは少しばかり見窄らしく、汚れが目立っていた。


「兄ちゃん人間?」


少年は、大人になりきれていない声で俺にそう問いかける。


「当たり前だろ。失礼な子供だな」


 どこからどう見ても人間だろう。馬鹿にしているのか。と思い、少年を無視して本を開こうとした。すると……。


「人間なのか。俺は鬼」

「…………鬼? 嘘をついて他人を揶揄うんじゃあないよ」


 くだらない戯言に耳を傾けるなら、このつまらない本を読む方が良いだろう。そう思っていると、少年は言葉を続ける。


「ちげーよ。頭、見て。これこれ」


 そう言うと頭を下げ、髪の隙間から見える二本のツノのようなものを見せてきた。


「…………ツノ?」

「そうだぜ。鬼のツノ」


 と、当たり前だと言わんばかりに少年は答えた。


「まさか、偽物だろう。父親に作ってもらったのか? それは上出来だ」


 きっと中学生の中で鬼になりきることが流行っているのだろう。

 俺の冷めた反応に口を尖らせる少年は、バッと俺の腕を掴んだ。


「触ってみろよ。ほら」

「や、やめろっ」


 非力な俺は、少年の力のままに手を持っていかれ、ツノに触った。

 その時、感じた。これは人間のものではないと。ツノというものを触ったことがなくてもわかるこの質感。重さ。感触。そして、不思議な感覚。

 驚いた顔を浮かべている俺に向かって、少年はどうだと言わんばかりの顔でこう言った。


「これでわかったか?」

「お前……本当に、鬼なのか?」


 信じ難いことだ。もしかしたら俺は、阿呆になったのかもしれない。日々の疲れが錯覚を起こしたのかもしれない。


「さっきから言ってるだろ。俺は鬼だ。人間、お前名前なんて言うの?」

「……蓮太郎だ。立花蓮太郎」


 本当なら無視をしても良いことだろう。しかし、混乱する頭はいつものように働かず、素直に答えてしまった。そんな俺に向かって少年は笑顔でこう言った。


「そうか! 俺は名前がない」


 少年は自信満々に言った。


「ない?」

「つけてくれよ、名前」

「馬鹿なこと言うな。見ず知らずの鬼なんかに名前をつける訳がないだろう」


 そう言ってから、なぜ鬼と認めてしまったのだろうと思った。きっと混乱している。


「つけてくれよ。俺、名前がないんだ」


 少年は悲しそうに俯きながらそう言った。きっと嘘をついているわけではない。


「……親はどこに?」

「知らね。俺はずっと一人だから」

「それは、すまない」


 と申し訳なく目を泳がせた俺に、少年は明るくこう言う。


「なぁ、名前をつけてくれよ!」


 グイッと顔を近づけて食い下がらない少年を面倒に感じ、俺は適当にこう返す。


「コウタ。コウタでいい。名前をつけてやったから、もう関わらないでくれ」


 呆れ気味に手をひらひらさせると、その手を少年は両手で掴んでこう言った。


「ありがとう! 俺、今日からコウタ、よろしくな!」

「だからもう関わるなと……」


 面倒臭い。その一言に尽きる。俺は手を払い顔を逸らした。


「俺、ずっと一人なんだ。人間に声をかけると君悪がられる。石を投げられたり罵倒されたり。でも蓮太郎は俺と会話してくれた」


 その言葉を聞いて可哀想に思い、俺はため息まじりにこう答える。


「これは夢の中だと思っているからだ。妖怪と仲良くなる本がある。それに理解があるだけだ。きっと、その本の影響でこの夢を見ているんだ」

「夢じゃない!」


 必死にそう言うコウタを見て、もしかしたら本当なのかもしれないという気持ちが僅かばかり芽生えた。


「お前はどうして人間と戯れようとするのだ」

「ん? あ〜。俺さ、ツノがなかったら人間に見えるだろ?」


 ツノを見なければ鬼とはわからない。それに触れることがなければ、ツノを見たとしても人間だと思っていた。


「親のことはよくわかんねーけど、多分俺は鬼と人間の間に生まれた」

「また奇妙な話だな」

「しかも生まれつき妖力が弱いんだ」

「妖力……。妖怪が持っている力のことか?」


 人間にはない妖力。もしかしたら、先ほど触った時の不思議な感覚は、妖力によるものだったのかもしれない。コウタは右手を握りしめて拳を見ながら呟く。


「そうだ。俺は人間の血が濃い。鬼のくせに力はないし体も小さい。だから周りの鬼にいじめられた」

「周りの鬼は惨めだな」


 いじめは、人間の醜い部分によるものだと思っていたか、鬼の世界にもそのようなことがあるのだろうか。


「鬼より人間に近いんだったら、人間と仲良くなれると思った。俺のことを見てくれると思った。でも、実際はそんな優しいものじゃなかった」

「人もまた、惨めだ」

「俺は人間が好きだ」

「何故だ」

「だって、こうして俺と話してくれる」

「それは今の話だ」

「あぁ! 今ちゃんと人間を好きになった」

「……はぁ、よくわからんな」

「俺、もっといろんな人間と仲良くなりたい! 蓮太郎みたいな人たちとたくさん喋りたい!」


 今の俺は半身半疑なだけだ。なぜ鬼らしき少年とこんなにも会話をしているのか、自分でも不思議でならない。


「俺は今から本を読む、お前は好きにしていろ」

「わかった!」


 こうして、奇怪な出来事が起こった。どうせ夢の話だ。本当だとしても一日きりの幻覚なのだろう。そう思っていたが。

 だが、この出来事は俺を変えた。つまらない人生が、変わっていった。

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