消えた声

静かな郊外の町、緑に囲まれた小さな家に住む佐藤真理は、特別な能力を持っていた。彼女は「声を聞くことができる」という力を持っていたのだ。周囲の人々の心の声や、本音を聞くことができる真理は、その能力を使って人々を助けていた。しかし、次第にその力は彼女を孤独に追いやっていった。


真理の友人たちは、彼女の能力を恐れ始め、次第に距離を置くようになった。何気ない会話の中で、彼女が心の中で何を思っているかを聞かれてしまうことを避けるようになったからだ。真理は、周囲の人々との関係が崩れていくのを感じていた。


ある日のこと、彼女は近所の子どもたちが遊んでいるのを見かけた。笑い声が響き、楽しそうな光景だった。真理は、彼らの無邪気な声を聞くと同時に、ふと自分の心の中にある emptiness(空虚感)を感じた。彼女は、自分の能力がもたらした孤独の影に耐えられなくなっていた。


その夜、真理は一つの決断を下した。彼女は、自分の能力を手放すことにしたのだ。そうすれば、周囲の人々との関係が戻るかもしれないと思った。しかし、能力を手放す方法が分からず、ネットや書籍を探し回ったが、見つけることはできなかった。


数日後、真理は再び家の近くの公園に足を運んだ。そこで、一人の老人と出会う。彼は静かにベンチに座り、何かを考えている様子だった。真理はその老人に話しかけると、彼は優しい声でこう言った。


「お前の持っている力は特別なものだ。それを手放そうとするのは、あまりにも惜しいことだ」


真理は戸惑った。「でも、私はこの能力で孤独になってしまった。どうすればいいのか分からない」


老人は微笑んで答えた。「それは、お前が自分自身をどう受け入れるかによる。力を持っていることを恥じる必要はない。大切なのは、自分の心の声を他人と分かち合うことだ」


その言葉は真理の心に響いたが、同時に彼女の決意を揺るがすものでもあった。真理はその老人に、能力を手放す方法を教えてほしいと頼んだ。しかし、老人はただ首を振るだけだった。


「力を手放すことはできない。お前がそれを捨てたいと思う限り、力はお前の心に残り続けるだろう」


失望した真理はそのまま帰宅した。彼女は心の中で、自分の決断が正しいのかどうか分からなくなっていた。力を手放せないことが、また彼女を孤独にさせるのではないかと不安になった。


数日後、真理は何気なく隣人の声を聞いた。彼女は近くの家族が、別れの話をしているのを耳にした。心の声が暴露されたことで、彼女は隣人たちの関係が壊れつつあることに気づいた。無邪気に遊ぶ子どもたちの声とは裏腹に、大人たちは複雑な感情に翻弄されていた。


その時、真理は恐ろしいことに気づいた。この能力は、他人の心の奥底に潜む苦悩を暴き出してしまうものであるということだ。それを知った真理は、自分の力を恐れるようになった。彼女は自らの能力が他人を傷つけているのではないかと疑い始めた。


その後、真理はさらに心を閉ざすようになり、周囲との関係を絶ってしまった。友人たちからの連絡も無視し、誰とも会話をしなくなった。自宅の中で一人で過ごす時間が増え、彼女の心の声も次第に消えていった。


数ヶ月後、真理は完全に孤立してしまった。かつての友人たちの笑い声や、楽しげな子どもたちの声も、彼女にはもう届かなくなっていた。ある晩、真理は自分の力を完全に消すための方法を考え、意を決してベランダに立った。星空の下で、自分の心を無にすることを望んだ。


その時、彼女の心の奥底から、無数の声が響いてきた。それは、彼女がこれまで耳を傾けていた声たちだった。友人たちの笑い声、子どもたちの楽しげな声、そして、彼女自身の心の声。それらが一瞬にして溢れ出し、彼女の心を揺さぶった。


「どうして私を消そうとするの?」


「私たちは、あなたを必要としているのに」


彼女はその声に戸惑い、混乱した。孤独を選んだ結果、実は彼女は全ての声を失おうとしていたのだ。


心の声はますます大きくなり、彼女はその声に引き寄せられるように、ついにベランダの手すりを越えた。彼女の目には星空が広がっていたが、その先に待っているのは、希望の光ではなく、深い暗闇だった。


そのまま、真理は空へと消えていった。彼女の心の中にあった光が、ついに消え失せたのだ。

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