第4話 ろーく

「……羽川も、散歩か?」

「うん。……雨っていいよね。いやなこと、全部洗い流してくれそう」

「……そうかもな」


羽川はそういうと、俺の隣にちょこんと座る。

いつも隣の席に座っているが、その距離よりさらに近い。

なんだか少しドキドキした。


「羽川は……」

「なに?」

「なんか嫌なことあったのか?」

「うーん」


羽川は上を向く。


「そうだね、ある……かな」

「それは……」

「でも、大丈夫だよ。1人でなんとかなるから」


羽川のセリフには優しい拒絶のニュアンスが含まれていて、俺はそれ以上踏み込むことを躊躇してしまう。


だが……


俺は、羽川の横顔を見る。


「……俺は今、ヒマだ」

「うん……うん?」


羽川が言葉の意味を探るように、小首をかしげる。


「だから、多少の労苦は惜しまないぞ」

「ろーく?……苦労のこと?」

「……似たようなものだ」


俺は再び顔が熱くなる。

無邪気に突っ込まれるのが、一番キツイ。


「ふーん……」


羽川はそう返事すると、こちらを見る。心なしか、少し嬉しそうだった。


「なら、一つお願いしてもいい?」

「ああ」

「女の子の知り合い、いない?」

「……女の子の知り合い?」

「うん。私友達がいないから……作りたいなって」


女の子の知り合い……知り合い。


「…………姉さんくらいしか」

「できれば同年代がいいな」


そう言う羽川に、俺はあっさりと白旗をあげた。


「……残念ながら力になれそうにないな」

「そっか。残念」


俺はこれからはもう少し人と交流しようと心に決めた。……とは言っても、どうすればいいかはさっぱりわからないが。


「んー。なら、少し難しいお願いしてもいい?」

「……できるかどうかは分からないけど、いいぞ」

「今度の昼休み……屋上に連れてってほしいかな」


羽川はそう言ってこちらを向く。

目と目があった。


「今度は、待ち合わせじゃなくて……連れて行って欲しい」


俺はその“お願い”がどんな意味を持つのかは、いまいち計りかねる。


「……わかった」


しかし、俺はそれを受け入れた。


おそらく……いや確実に変な噂が立てられるだろう。それは羽川もわかっているはず。

それでもなお、羽川はそんなお願いをしてきた。


それだけで、受け入れる理由は十分だ。


「……ん。ありがと」


羽川はそういうと立ち上がる。


「私はもう行くね」

「ああ。また学校で」

「うん。また学校で」


羽川は手を軽く振ると、軽やかな足取りで去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る