第1話 羽川

しとしとと雨が降り注いでいる。

6月。梅雨。

俺が一番好きな季節だ。


窓の外をぼーっと見ながら授業を聞き流していると、不意に隣の席の女の子が話しかけてくる。


「……久留米くん」


俺は呼びかけに反応して、声の主に視線を移す。

丸顔に垂れ目といった、優しい印象を与える顔。色素の薄い茶髪は、綺麗に切り揃えられたボブのスタイルだ。


「うん?」

「ここ、教えてくれない……かな?」


隣の席の同級生……羽川陽毬は、そう言って俺をメガネ越しに上目遣いで見る。


「…………いいぞ」


中学生男子が女の子の上目遣いに抗えるわけもなく、羽川のノートに視線を下ろす。

黒板を機械的に写した俺のノートとは違い、きちんと色遣いが意識されたノート。

俺はそのノートから、問題を解くのに必要なツールを羽川に示す。


「あ、そっか!ありがと、久留米くん」 

「……ああ」


残念ながら、女子とふれあう経験がほとんどなかった俺は、女子のお礼に返事をするスキルを持ち合わせていなかった。

しどろもどろに返事をする俺をみて、羽川がクスクスと笑う。


「ふふ。勉強はできるのに……可愛いね」


羽川にそう揶揄われ、俺は赤面しつつ再び視線を窓の外に写す。


「解けたか?全部解けたやつから昼休みにしていいぞ!」


と、先生のそんな声がする。


……確かあなた、授業を早く終わらせて校長に怒られてませんでしたっけ。


俺はそう心の中で先生にツッコミを入れたが、しかし指摘はしなかった。


代わりに手早く教科書の問題を解いていく。そして、場所を移動すべく席を立った時。


「……待って」

「どうした?」

「うーんと、屋上に行くんだよね?」

「よく分かったな」


この学校は、他の多くの学校とは違い、昼休みに屋上を解放している。


「……一緒に行ってもいい、かな?」

「……俺は構わんが」


屋上は、校内のカップルがお昼のデートで使う場所である、という風に生徒は認識している。

現に、屋上にはいつも大体5組くらいのカップルがいる。


そのカップルの恋模様を眺めるのも、また醍醐味だったりするのだが……それはまた別の話だ。


ともかくそんなわけで、男女二人で行くのは……まあ、特別な仲でない限り避けたいところだ。

妙な噂が広がるのは火を見るよりも明らかである。


「……そうだな」


俺は少しの間考え、席を立つ。


「屋上で待ってるから、解き終わったら来てくれ」


待ち合わせをすることで、少しでも噂の範囲を狭めようとする作戦である。

……まあ、意味はないかもしれないが。


「…………うん」


しばらくの沈黙のあと、羽川はうめくように返事をする。

俺はそれを確認して、教室を後にした。

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