元カノが今カノだったころ

プロローグ

「よう」

「……あ、明樹くん!」

おいお

翌水曜日。部室に行くと、陽毬が顔を輝かせて歓迎してくれる。


「今日はアイリーンはおやすみだって」

「そうなのか……うちのスズも今日は体調が悪くて休みだ」


いわゆるところの女の子の日、というやつである。スズは「とにかく放置しておいてほしい」というタイプなので、今日は若干帰りも遅めにするつもりだ。

ちなみに、同棲が始まって一度目の大喧嘩はそれが分からずに俺が過剰に構おうとして起きたものだった。


「ふーん、そうなんだ」


陽毬もなんとなくその辺りの事情を察したのか、特に何も言わなかった。

代わりに棚から一つのボードゲームを取り出して俺に示す。


「ね、クアルトやろ!」

「いいぞ」

「やった」


陽毬は机の上にクアルトを展開して、「ん」とコマを渡してくる。


「なんかさ……」

「なんだ?」

「明樹くん、ちょっと変わったよね」

「……そうか?」

「うん。付き合っていたころとは全然違う」


あまり自覚はないが……そうなのか?


「特に、女の子の趣味とか」

「……まあ、それは変わったかもな」


陽毬とスズは全然タイプが違う。真反対といっても過言ではないだろう。


「うん」

「……そういう陽毬も変わったよ」

「そう?」

「ああ。昔は、勝負事に一生懸命になることなんて、なかった」


陽毬は、大体いつも平均くらいを目指して、たとえもっと上を目指せるとしても、自分の成績を調整するような女の子だった。


「そうかも。高校の頃、水泳をやってたからかな」

「……そういえば、そうだったな」

「あ、ひどい!忘れかけてたでしょ」

「…………そんなことないぞ?」


ちょっと思い出すのに時間がかかっただけだ。断じて忘れていたわけじゃない。


「ひどいなぁ」


陽毬はそういってくすくすと笑う。

再開した直後のぎこちなさが、だんだん消えていっている。


「大学の水泳部には入らないったのか?」

「うん。最初の頃は入ってたんだけどね……なんか、男の人がいやらしい視線送ってくるから……やめちゃった」

「……そうか」


思ったより気まずい理由で、俺はどう対応していいかわからなかった。


「高校は女子校だから、そういうのなかったんだけどねー」


陽毬は、俺の渡したコマを盤面に配置する。


「今は、ボードゲーム同好会が気に入ってるから、後悔はないよ。……ねえ、明樹くん」

「……どうした?」

「私ね、まだ明樹くんのこと好きだよ」


陽毬はそういうと、「クアルト!」と宣言した。

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