第1話 今カノ
「久しぶりだな、陽毬」
「う、うん……ひさしぶり。元気そうで何より」
陽毬……羽川陽毬は、そう言って少し気まずそうにはにかむ。
約3年ぶりに会った陽毬は、端的に言うと垢抜けていた。
髪は染めていないものの、化粧をして、ファッションも大人なそれになっている。
それでいて、柔和な雰囲気は変わっていない。
昔彼女のそばにいた時に感じていた陽だまりのような温もりを、俺は思い出していた。
「ここ座っていいか?」
「う、うん……大丈夫」
陽毬は卓上のパソコンをしまう。どうやら、何か作業をしていたようだ。
相変わらず律儀だな、と俺は陽毬の正面に腰を落としつつ眺めた。
「風の噂で東京に出てきてたとは知ってたけど……まさか同じ学校だとは思わなかったよ」
「うん、私も……確か中学の時は、文系に進むって言ってなかったっけ?」
「……そうだったっけな」
あの時は……確か、「理系」と言うのは少しありきたりな気がして、斜に構えるように「文系」と言ったような気がする。
中学生なんて、そんなものだ。特に、好きな女の子の前では。
「うん。今は何学部にいるの?」
「コンピューターサイエンス学部だ」
コンピューターサイエンス学部で学ぶことに対して、何ら恥じるところはないのだが……それはそれとして、この学部を名乗ることは少し恥ずかしい。
もう少しいい名称はなかったのだろうか……例えば、電子演算学部とか電脳学部とか。
「数年前、新しくできたっていう……よく受かったね。かなり倍率が高かったと思うけど」
陽毬が尊敬の視線を向けてくる。俺は少しむず痒くなってしまった。
「本当にな。そういう陽毬は?」
「私は、理学部。特にやりたいこととかなかったから」
「そうか」
まずい。会話が途切れてしまった。
俺はあーでもないこーでもないと脳内で会話のシミュレーションをするも、さっぱりだ。
「明樹くんは……その……」
しばらくの沈黙の後、勇気を振り絞った様子で彼女が口を開く。
その時。
「アキ」
と、背後から良く知っている声が俺を呼ぶ。
振り返ると、少し吊り目で、気が強そうな印象を与える美女が立っていた。
持ち前の黒い髪を後ろに流し、ジーンズにシャツというスタイリッシュなファッションに身を包んでいる。
「スズ。あれ?授業中のはずじゃ……」
振り返ってそう言ってから、まるで俺が浮気していたみたいなセリフじゃないか、と思う。
スズはスッと目を細める。
「ふうん。まさか、浮気……かしら?」
「ま、まさか」
俺はぶんぶんと首を横にする。
「うん、違うよ……昔付き合っていただけで、今はもう……」
と、陽毬がどこか暗い声で言う。
俺は顔が引き攣る。
「そ。私は篠宮美玲。今、この人と……久留米明樹と交際しているわ」
スズはそう宣言する。
「えっと、私は羽川陽毬……昔、明樹と付き合っていた、かな」
「へえ……」
俺は二人の間で飛び散る火花を幻視した。
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