第73話 麻井延彦 2



     2



朝八時、藍と弓は仮眠の真っ最中。

斗美は自分では食べないが、蕎麦を打つところから始め、海老や鱧で天ぷらまで揚げている。

藍と弓のために朝食の天ざるを料理している。

世間では投票が始まっている。

最初の1時間で美香と藍の支持割合は9:1。

藍を支持する者らが日曜に数少ない(議員選挙でないから当然)投票所にわざわざ行くとは、しかも行政でなく、美香や斗美の主催する学園や企業が主導する選挙なため、学校や役所が投票所になっているワケではないので、実際に行くには面倒だったり、迷ったりする場所が多いため、あの盛り上がりに比べ、投票率は低い。

いちいちスキウレやレーザー・ビーム・キャノン・ユニットを出す時間帯でもないし、電車で行くには微妙な近さだし、246通りを歩いてく行く、洋二と音矢とハヤテだった。

夏だというのに三人ともレザーコート姿。

吉祥寺の井の頭公園で話したような楽しい会話になるような気配が最初はあったのだが、三人とも話す必要がないことに気づいた。

一人が他の二人を絶対的に信用している類まれな安心感を三人は共有しており、時折、笑みすらこぼれた。

笑みを浮かべたハヤテが険しい表情になったのは要塞ホテルのエントランスに入った時だ。

ここにハヤテは良い思い出がない。

そして立ち並ぶキットが16体。

―こういうことならば、胡桃沢だけでも連れてくるんだった。

胡桃沢とリイナは修理されたエプスタインと豊島を監視するという名目でペントハウスの下の階に、事実上、軟禁されている。

本当は上げる必要はないのだが、洋二は右手を高らかに上げる。

するとばたばたとキット18体が倒れる。

昨夜リイナからキットを操るためのコントロールデバイスを頭部から外し、洋二の頭部へ移植した。

大出力のビーム剣や衛星型攻撃人口天体ルソーを操る洋二にはキット18体を一瞬にして無力化するなぞ造作もないことだった。

現れる竜馬と有紀。

「とどめを刺しに来たワケかぁぁ!!」

竜馬の胴間声を聴いて直ぐにハヤテが2階へと跳ねる。

お互いレーザー・カッター、一本のみのサシの対決!

竜馬へとセンジュ・アタッチメントからソードを取り出し、投げるが、有紀が撃つガトリング・アタッチメントによって迎撃される。

「だろうな!鮎川!早く行け!」と音矢。

洋二は奥へ走り出す。

階段のある方向だ。

レーザー・カッター同士を何度も合わせれば、その威力は弱まり、摩滅する。

だが竜馬はそれを恐れてはいない。

ハヤテは竜馬の怨嗟にひるんだのは確かだった。

だが、そのような感情を既にハヤテは卒業していた。

―見える!見えている!

昨晩、洋二から聴いた処理速度を速める方法、それに熊本や足立を躊躇なく屠った・相手をモノとして見る態度、この二つがハヤテを洋二とは又違った強さに導いていた。

だから、ハヤテは異常なまでに相手に近接し、内腿から竜馬の左足を切断した。

だが竜馬はレーザー・カッター・アーマーを杖替わりにして、立ち続け、ハヤテに再度、打ち込む、が、当然、よろめく。

すると又レーザー・カッター・アーマーを杖とし、状態を確保すると又打ち込む。

あの竜馬が挑発も嘲笑もしない!

―そっか、おまえはおまえで一生懸命だったんだな。

ハヤテは鍔迫り合いを再開させると直ぐに相手の刃渡りを下に流し、竜馬の右手を手首から切断した。

よろける竜馬の上体にそのまま乗っかり、みぞおちには膝蹴り、喉には掌手をくらわした。

竜馬はやっと動かなくなった。

「織豊っっっーーーーーー!」

有紀が叫ぶ、そして駆け寄る。

音矢とハヤテが有紀を囲む。

「結局、こんな超人的な身体を手に入れても、みんなで殺し合って、いったいなんになるんだよっっーーーーーー!」

これは有紀の台詞である。

「おかあさん、私だけど、判る?」

これは有紀の娘の台詞である。

「こより!?」

有紀の娘・こよりの隣には斗美がいる。

「こよりちゃんはもう中学生ですよ、天田有紀さん」

斗美の台詞に有紀は哄笑している。

「笑わせる!母親の育児放棄をあげつらって、錦の御旗を掲げるかい!?上流国民はクソ以下なことを平然としでかしやがる!」

有紀が云い切った後に続けて、斗美は「このこよりちゃんに、あの内縁の夫を性的に誘えと熱い味噌汁をかけながら命じたそうですね」と云った。

「デタラメだ!うちの娘は虚言壁だったんだ!」と有紀。

「あのおじさん、いつもお酒臭くて嫌いだったけど、私がそんなことした後に憐れそうな目で見て、養護施設に連れてってくれたんだよ」とこより。

ハヤテも、音矢もこの数か月で年齢に似合わない地獄を見てきたつもりだった。

だからなのか、ハヤテも音矢も有紀を憐れな目で凝視した。

有紀は呆然としたまま、立ち上がり、ガトリング・アタッチメントをかまえた。

だがその砲身を自分の腹に向けた。

意外なことにいちばん早く動いて、中途で連射を止めたのは斗美であった。

それでも有紀は5発は食らった。

「こんなことでエンマコンマは死なない。あなたには、いえ、やはり全エンマコンマには生きてもらう。でも有紀さん、こよりちゃんは私の養子にします」

エンマコンマという等身大ロボットが殺し合いをした陰鬱なホテルにたたずむ夏服の少女は不幸ではあったが、美しかった。

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