第68話 鮎川洋二 2
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「改めまして私は若獅子会の会長を兼務しております、川嶋美香でございます。私がなにより憎む者は権力と癒着する類の政治家です。いくら肉体労働をしようが、書物から引用しようが、まず自分を取り巻く環境を疑うように勧めます。この23全区長、せっかくまっさらな状態で、若者だけの行政機関ができるというのに、旧態依然の権力を持ち込むことこそ、本選挙の主旨をないがしろにしている!と私はできるならば当人に向かって言いたい!」
藍側の千人は駅前に並べたのだが、美香側の一万五千人は数も多いが、統制の取れない即席の支持者たちなので、半分は道玄坂入り口あたりでとどまり、スクランブル交差点が青になる度に押し寄せるを繰り返している。
「初めまして私が反プロビデンス同盟の盟主である麻井藍と申します。何故に左の頬を差し出すのか?もう一度吟味しましょう。逃げるのでも・殴り返すもその両方の選択は被害者に自分を落としてしまうからです。確かにこの世には酷い目に遭った絶対的な被害者は存在します。ですが、被害者であることに甘んじたら、そのレッテルから逃げられず、権利を叫ぶしかありません!まず、自分が、自分たちが罪人である立場から始めることこそ第一歩なのです」
弓は藍の演説中、横に並んでいつも立っているし、今もそうだ。
―大観衆を前に皆に諭す側にいるなんて、いったい想像できるものなのか?
弓は自分をちっぽけに感じた。
それは昨日からずっとそうだ。
兄らエンマコンマたちの超絶的な能力、そして目の前にいる新しくできた友人のクソ度胸、なにより平岩砂子。
―あ、そうか、私は今まで、聴く側だったんだ。だから、兄を恋人にした。
自分は藍のように人を諭すカリスマ性もなければ、信夫という人のようにSNSを鬼神の如く利用しまくって選挙参謀として軍師のような立場にもなれない、とただでさえ多かったコンプレックスが増大した。
―でも、私が運転していなければ、この場に3人で来られなかった。
弓はその時に初めて、両親を心底憎んでいたことに気が付いた。
なんで気づいてかと云えば、それがばかばかしいことだとようやく気付いたからだ。
「私、今大学の三年生でもあるのですが、昔の大学生の活動家は自己批判というものをしていたらしいですね。こういう活動をしているとその左翼に間違われるのですが、そんなチンケなものではございません。自己批判なんて宗教でもそうですが、内省を強制して相手をやり込めるパワーゲームでしかない。そんな指摘をするヒマもありません、そういう時はまずは勝てばいいのです。戦争でも革命でも勝てばいい。勝ってから立場だの態度と云えばいい。そして勝った後に、私・川嶋美香がダメだと判ったら、引きずりおろせばいいのです」
実はここに、ハヤテが例のランドクルーザーで居る。
熊本銃三に例の仕置きをしてから追って来たのだ。
―派手なシャツの男は二人いた。でもオレが捕縛したハデなシャツの男は一人。もう一人はどこにいった?
「私は理念や理想を語ります。何故か?権力や変わった思想を持っている、それらを取り上げても
何にもならない!なれば、その立場を明確にして、少しづつでいいから、話し合い、お互いそれぞれが持つベストよりも皆で調和するベターを選ぶ、そのための、そういうふうに話しができる場所、私はそれが23全区長でできると思って立候補した!」
「話し合いとか意に介さず、圧倒的な暴力を仕掛けてくる相手にはどうしたらいいの?」
藍の台詞を遮ったのは、美香であった。
お互いがいないように反目して演説していたのに、美香が絡んできたのだ。
「ねぇ、教えてよ。暴力には暴力で対抗するしかない。暴力を内包しないで実力はないんじあゃない」
美香が続ける。
藍が絶句する。
そこに警察の特殊車両。
スピーカーで警官が云うには「最早選挙演説の枠を超える程の人出と熱気。このままではパニックになると判断した。解散を乞う」と。
藍は弓にインカムとiPadを持ってくるように頼んだ。
『行こうよ、川嶋美香。やりたいようにやろう!ついてきてよ!』
これは電話による通信でなく、10大SNSと地方局3社から美香に伝えられた台詞。
『直ぐに追い抜いてやるよ!麻井藍!』
弓は瞬時に理解したので、運転席に転がり込んだ。
信夫は藍の腰に安全帯を巻いた後に助手席に座った。
「弓!246だ!246を一直線に北上するんだ!」
「藍!しっかりつかまってな!」
国道246号線のことだ。
藍一行の後に、美香のプジョー社のランドトレックが追う。
そして、藍派の50台の車両やマスコミが追う。
両方の自動車上部には無理矢理に演説台が設置され、立候補者二人はその台の上にいたまま疾走。
美香の乗るランドトレックの運転手は大手自動車メーカーの元テストドライバーだ。
後にその彼が、不法に昨夜免許を取りたての16歳の女の子に翻弄されたことに驚く。
二台の街宣車はつかず・離れず、衝突ぎりぎりのデッドヒートを繰り返す。
「川嶋美香!今のこれは暴力か!?」
お立ち台から、246をひた走る自動車の屋根で藍が聴く。
「ああ!いいねぇ!暴力だかなんだか知らないが、気が狂うくらいに楽しい!!」
同じ状況の美香が云い返す。
「代わりに答える!暴力ではない。私たちは命をかけているのだから、暴力を行使するヤツは安全な時にかしか暴力を実施しないから!」
表参道から外苑前の中間あたりには斗美のあのマンションがあった。
双眼鏡で斗美、音矢が最上階で藍と美香のデッドヒートを見ている。
「安心しなよ、音矢くん。ハヤテくんがもう護衛に戻っているよ」と斗美。
「心配そうな表情に見えましたか?そうじゃないんで」と音矢。
音矢としては藍とかいうけったいな女子のせいで、弓のお転婆化に拍車がかかっていることに危惧していた。
「あの、もう決戦近いから云うね、音矢くん」
「なんですか、斗美さん」
「妹さん、解放してあげなよ」
「あなたに指揮権があるけど、個人的なことにはやめていただきたい」
だが返事が少し遅れたのは、注意してくれるひとが初めてだったから嬉しかったのだ。
時刻は18時、恵比寿と渋谷の中間にある要塞ホテルからは7体のエンマコンマが飛び去った。
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