第67話 鮎川洋二 1



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藍一行は横浜中華街を出て、横浜駅前を目指し、弓が運転し、信夫が10大SNSに映像を更新していた。

横浜駅では通行人ではない藍の演説を目当てに100人の聴衆が来ていた。

藍を支援するレイヤーは①江野や兼崎が中心になって集めたネットの同世代、②星川人脈の保守層、③それにアンチ川嶋美香の陣営だ。

23全区長には美香以外に4人の立候補者がいたが、どれも個性もオリジナリティにも乏しく吸引力はなかった。

それもそのハズで選挙後には美香のブレーンとなることを約束さていた。

未だに実態がつかめぬこの23全区長、多分言い出しっぺの美香がやるんだろうとは思われていたのだが、その出来レースぶり、青春共和国や若獅子会と神経を逆撫でする命名、SNSに反論や矛盾をつくコメントを残すと秒速で削除される等、そのリゴリスティックぶる優等生的態度は、意地が悪く・ヒマなネットに巣くう住人には疎まれていた。

陣営とは書いたが、それは実態などなく、むしろ藍というシンボルができて初めて目視できる勢力となったのだ。

アンチとまではいかないが、SNSを使い・IT起業家の協力する美香を若者代表としていいのか?とネットで判断つきかねる層も一定数いた。

このサイレントマジョリティが一挙に藍に注目し始めたのである。

横浜駅から川崎駅に移動する時には藍一行の街宣車を追って20台の車両が付いてきた。

そして川崎駅では藍を支持する聴衆は200人に増えていた。

そもそも23全区長とは権限もよく判らぬポストだ。

聴衆もよく判っていない。


40歳男性「私は弱いニンゲンです。あなたの強さが羨ましい」

藍「こんな衆人観衆で弱いなんていうのは強い証拠です。でも自分を弱さをさらけ出して誇る強さは健康とは言えません」


30代男性「10年前に別れた女性が忘れられません。どうしたらいいでしょう」

藍「恋愛に見返りを求めてはいけません。というか、あなたはその女性を憎んでいるだけです。再会してはいけません」


20代女性「友達ができません」

藍「いっぱい旅行に行き、読書をしてその感想や画像をSNSに上げて、ちやほやしてくれる人でなく、自分と同じ感想を持った人に接触してみましょう。同じ感想が判らないから長続きしないのです」


なにしろ言い出しっぺの美香すらよく判っていない23全区長(だから美香は識者たちとの会談することで自分の意見とした)なので、藍は羽田空港で演説した際は何故か、身の上相談になっていた。

しかしそれが藍の強味になっていた。

藍の支持層にあの素朴な朝食シーンや勤勉なトイレ清掃は響いたのだ。

それはいかに偽善めいていたも、政治家にとっていちばん大切な「私の話を聴いてくれるのはこの人だ!」と思わせたのだ。

ここいらが、まさに美香と真逆だった。

だから藍の支持層のいちばんの共通した願いは、このぎりぎりで立候補した、かわいい・働き者の・元気な女の子を当選させる奇跡に加担しよう!だった!

それは急行も止まらない駅前で路上ライブする素人アイドルを武道館に送り、コミケで細々と売る漫画家を週刊連載やアニメ化させるような、奇跡の証人であると同時に押し上げる役を担いたいというそういう心理状態であった。

予定調和を自身で目指し、大衆にもそれを押し付ける美香にはない藍のパーソナリティである。

美香の支持層は識者やIT起業家といったインテリ層であり、当事者として不登校・引きこもり対策や更生施設を運営することから(これが未だ日本にあるかはっきりしないが)中産階級であった。

つまり子どもたちにゆくゆくは会社で働く等の社会に参加させる、そしてそれを望む親たちのレイヤーである。

事実、ネットによる投票を選んでいたら、実は12~23歳の子どもを取り込めていない美香陣営は危機であったろう。

だがそれは藍も同じで、蒲田駅に着くと目当ての聴衆は400人に増え、併走する車両は30台になっていた。

その間にも信夫は10大SNSに動画をアップし、コメントというカタチで書き込まれた身の上相談の大半を信夫がレスポンスしたが、大量でほとんど間に合わなかった。

その信夫が最初、200万人VS4人と云っていたが、ネットの予測屋連中によると総合5万人の支持者を藍陣営は獲得していた。

20:1ではあるが、昨夜立候補してたった早朝からようやく本格的な選挙運動を始め8時間で5万人である。

しかも品川駅の時点で、ファンといっていい聴衆は600人となり、併走する車両は40台に増えていた。

(だが、こういう行動力はユーチューバーとか野次馬の類なものが多く、いってみれば、おたく・サブカル層に響いたがいちばん重要な若年層に届いていないのは美香と同様であった)

演説や投票者と会話というドブ板選挙をしてこなかった分、美香はこの聴衆と台数というリアルな数字を危惧した。

だから今渋谷駅前の街宣車にいる。

「とうとう来たね」

休憩中の美香は食べ終わったパインミーの紙袋をくしゃと丸めながらつぶやいた。

美香は白山から直でこの渋谷に辿り着き、3時間前から演説を繰り返している。

警察や関連団体には結社の自由を盾に取り、選挙戦最終日のため、少しの騒ぎには目をつむるよう頼んである。

10大SNSで生配信し、首都圏のキー局以外の地方局3社には6時間の選挙特番を二夜連続で編成させた。

「今・この街が天王山だ」

そう、美香が云う通り、全世界がこの街に注目している。

藍が鎌倉から始まって北上してくるうちに品川駅でハネた!

現在ネットの解析による藍支持者の総数は10万人にまでなった。

ヒットするためのマニュアルはことごとくウソっぱちだが、ヒットしてしまえば全てはメガヒットの法則である。

渋谷駅には藍目当ての聴衆が千人、車両は品川駅から渋谷駅の途中で50台にもなった。

藍の街宣車が止まり、車両上部の演説台に藍色のワンピースを着た藍が立ち、右腕を高く上げる。

それだけで聴衆は盛り上がり、藍コールが起こる。

藍はしばらくその聴衆の声援を聞き入り、話し始めようとした。

「とかくメダカは群れたがると申します」とマイクで云ったのは美香。

藍のファンたちは左手でサムズダウンを示し、ブーイングを始めた。

だがそれを大きく上回る数の声で美香コールが始まった。

青共学園や青春共和国といった関連団体の職員やその家族、派遣会社に急遽依頼し日当を出してまで集めたその数、15,000人!

その声に負けまいと1,000人は叫ぶが、藍が又皆を黙らせた後に、マイクで言い放つ。

「新約聖書に右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ、という格言があります。何故に2回もわざわざ殴られなければいけないかと皆はいいますが、実際やってみてください。殴り返すよりも段違いに挑発的です。真の勝者は逃げるより、殴り返すより、左の頬を差し出すのです。それを人は勇気と呼びます!」

そして観衆の間で湧き上がる勇気コールの渦!

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