第66話 熊本銃三 5



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「知らねえよ!」

熊本銃三はそう川嶋美香に云って電話を切った。

ここは歌舞伎町にある青春共和国のビル、8階はエンマコンマ専用のラウンジだったが、今は熊本銃三だけがいて、選挙戦とエンマコンマ戦を傍観している。

23全区長が美香の圧勝であると熊本の立場だとよろしくない。

斗美らアーリーエンマコンマが隠居しているような状態でそれをやられると美香に軍事以外の機能を独占されてしまう。

エンマコンマ同士で一方的に勝たれては困るので、ジャゴ・ミドリにジャゴ・ダイダイをぶつけるように、川嶋美香にぶつける存在が必要だが、対抗馬に勝たれても困る。

熊本の目的はなるたけこの戦いを長引かせることで、誰かに統一されてはそれこそ困るのだ。

国や政府があって、その中で巧く立ち回り、自分は利ざやを稼ぎ、カタストロフィを先延ばしにし、現状維持を続ける、これが目的であった。

川嶋美香が首都高速に乗ったと放った間者からの音声が端末のスピードから流れる。

―渋谷で北上してくる麻井藍を迎え撃つか!?こちらは既に百万以上の支持者がいる。たった一日でひっくり返るワケがない。

そう、常識的に考えて美香の当確だ。

そのように思い至って熊本はようやく普段の冷静を取り戻した。

「もうムリです。死んじゃいます」

端末のスピーカーから流れた声はか細く・まさに虫の息であったが、その声には聞き覚えががあった。

―麻井藍の元へ放った間者!?

熊本は直ぐに派手なシャツを着た間者にレスポンスしたが、応答はない。

いくつか別の連絡手段を取ったが同様だ。

―いや、同様ではない。き、聞こえるゾ。

電話のコール音がかすかに聞こえる。

たった一つの出入口のドアから。

派手なシャツの男が血まみれでドアから入ってくるのだが、彼のジーンズのポケットからそのコール音は聞こえていた。

「おいおい、大丈夫かよ!?」

倒れた、派手なシャツの男にかけた熊本の言葉はこれから自身に起こる現象を予期するように滑稽だった。

「熊本さん、麻井藍を追わせてどうするつもりだったの?」

ハヤテである。

「野原くんか、これはきみがやったの?」

熊本が「たの」と云うのが先か、ハヤテは彼のアゴを思う存分に殴りつけた。

洋二が以前藍に見せて屋上の壁に穴を開けたエンマコンマ唯一の固定武器である、右拳のセラミック質の硬化ナックルを熊本に対し、使ったのだ。

吹き飛ばされ、倒れた熊本だったが、ハヤタを睨む目は攻撃的だ。

「武器商人ってホントにいるんだな。自分では手を汚さずにヒトをモノのように利用するだけのヤツ」

口内が切れたしゃべり辛いだろうに、その状態で熊本が試した反論は「おじいさんが悲しむゾ」だった。

「あ、その設定を未だ覚えていたんだ。すっかり忘れていたわ」

かかとでハヤテは熊本の両肩を二か所続けて手加減せずに踏みつけた。

熊本は自分の発声した悲鳴に、冷静に、こんな声を出せるんだと奇妙な発見をしていた。

「足を砕いたら脱がし辛いから、今のうちにそうするよ」

ハヤテは熊本の仕立て良いジャケットと黒の・オーダーメイドのワイシャツ、それにスラックス、上下の下着を全て破り捨てた。

その上で両肩と同じく、足首を右かかとで左右両方を砕く。

熊本の陰茎は恐怖によるものだろう、縮こまって、包皮に隠れた。

不愉快な機械音が広い部屋にこだまする。

その音の源はハヤテの右手にあるバリカンで、彼は熊本銃三の髪の毛を刈り始めた。

海千山千・百戦錬磨の熊本、これだけの目に遭いながら威厳を保ち「平岩砂子のカタキ討ちか。麻井藍と同じでヤる相手が間違ってないか!?結局おまえら二人とも、自分が守れなかった罪の重さに耐えきれなくて八つ当たりしているだけだぞ」と云った。

「それ、あなたの感想ですよね?」とハヤテはバリカンで剃りながら続ける。

「あのなぁ、熊本~。そういう因果関係じゃあないんだよ。暴力って徹底的に不条理なんだよ。一見、恨みや仕返しに見えるがどれもが結局は通り魔やテロと同じなんだよ。暴力に遭う・遭わないって、宝くじに当たる・隕石が頭にぶつかって死ぬとかと同じジャンルなんだよ」

そんなことを云っている途中にハヤテは熊本を虎刈りにし、ヤることが無くなり手持ち無沙汰だったから、彼の手の指を何本か折った。

その度に熊本は滑稽な悲鳴を上げていた。

そして抱いていた熊本をハヤテは無理矢理立ち上がらさせ、壁に頭を数回叩きつけた。

熊本銃三は泣いていた。

しかし、その両目は未だ攻撃的でした。

「でも、殺さないから。おまえ、今回のことで生き延びればオレに復讐するんだろう?ヤってみろよ、いくらオレがエンマコンマでもおまえの財力と兵器ならば可能だろう。砂子が死んだ時に死ねばよかったんだけど、そうそう自殺できる身体じゃないし、砂子が守った友達守りたかったから、もう死ぬチャンスを無くしたんだ。そして生きる希望もない。でもおまえを生かしておけば、永遠におまえとおまえの組織や仲間とヤりあえるじゃん!おまえが望んだ終わらない戦争、オレも混ぜてくれよ。永遠にやろうゼ!その度毎に熊本、おまえを今みたいに半殺しにし、恥辱を与える!」

そう云って、ハヤテは熊本を平手打ちにした。

その頬への衝撃と永遠に死神に魅入られたことを理解してか、熊本銃三の両目は死んでいた。

でもハヤテは約束通りに内線で「二人、ケガ人がいます」と告げて、窓から去った。

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