第65話 熊本銃三 4



     4



横浜方面に向かう中、ハヤテは星川翁の話をした。

藍と弓は関心しながら聴いたが、信夫をいつものように素知らぬ表情でキーボードをたたく。

横浜中華街に着くとハヤテは斗美の手の者が走らせてきたランドクルーザーを受け取った。

ロケット・アタッチメントを積み替えるよりも同型の自動車、乗車する3人にこのクルマに移ってもらおうと思ったが、運転超初心者の二人、このクルマのクセしかしらないだろうから、自分が乗せ換える方が良いと判断した。

ハヤテはロケット・アタッチメントを積み替えているので、弓が「どうしたんですか?」と尋ねる。

「用ができたんだ。でもあんたらがピンチになったら、これで数分でやってくるよ」

彼という男は、本作で唯一ここで笑顔を見せた。

勿論3人ともハヤテとは名残惜しかったが、なにしろ実際の選挙活動は今日いっぱいなので、双方ともにうだうだ言うことはなかった。

11:30横浜中華街の大き目の通り、ランドクルーザー上部に固定された演説台の上で「麻井藍です!よろしくお願い致します!」と話し始めた。

信夫は過去にチャンピオンシップ・フレンドシップで撮った藍の映像で、かわいい・映えそうな箇所を巧く編集して、YouTubeやX等、10大SNSに投稿していた。

だが、先の星川家の会食で信夫を気が付いたのだ。

ごはんを食べている映像がない!と。

素材は先程、ハヤテがドローンで撮影していた星川家の朝食風景である。

それを中華街までの車中で、10大SNSにアップした。

「現在の選挙は自分が好きでも・支持する政党でもないのに、多勢の政治組織に対抗するために予防として投票する、という対抗策が主流です。それは国政でも!地方の町長レベルでも!」

藍が発声する、この中華街、この時間帯、誰もが巧い炒め料理や飲茶を求める。

信夫は藍が食べている映像にこの演説のライブ映像を絡めた。

「ちょっとシュール過ぎやしませんか」と弓。

「藍は、惹くんだよ。あの惹きは異常だ。だからキャスティングボードは決して手放してはいけない」と信夫。

「せっかく施行される23全区長、このままでは泡沫候補がうごめいているだけで、何の意味もなさないし、未来にも繋がりません!」

信夫は、こんな時が来るとはさすがに予測していなかったが、洋二に耳打ちしていた。

父親とのこと、藍はそのうち又こじれる。悪くすれば裁判になるかもしれない、だから心証を良くする記録を採るべきだ、と。

それを聞いた洋二は「何で、お父さんのことを信夫が知っているんだ!?」と尋ねられたのだが、信夫は「オレに知らないことなんてない」と答えた。

だが、藍ならば信夫に「なんか家族であったんじゃないか?」と尋ねられたら答えたであろう。

急な伯母宅への引っ越し、土日も使ってのアルバイト、こういうことはクラスメイトやチャンピオンシップ・フレンドシップの皆知っていたが、その理由を皆は尋ねないものだ。

「ただでさえ、23全区長はその選挙を含めて、行政と立法の学校・試験場となると謳っています!なれば、私はその実験の場で、英国や米国がとっくにやっている二大政党制を実現させます!私が牽引する政党の名は!その名は!反プロビデンス同盟!」

プロビデンス!

本来であるならば、この言葉はこの物語のこの時期に発音すらされはいけない言葉!

いってみれば、この物語の第三部の中心となる存在を現す言葉!

タブーとかそういうことでなく、精神異常者の戯言か、あるいはまさに皆が心の中では唱えるが決して発音してはならぬと自戒した神の名の如きもの!

実際それはその通りで、エンマコンマの間で、内蔵AIはシンクエ・クレザンザとかパンターとか思い思いの名で呼ぶが、金を集金する能力は〈ミダス〉と云う名でフシギと統一されたように、エンマコンマの間ではプロビデンスを指すモノがある。

自分をエンマコンマにした存在、自分がよく知るモノから湧き出た瞳、それをエンマコンマは全員、いつの間にかにプロビデンスと呼んでいた。

「この!小娘!何故!」

「この女!キチガイじゃないか!?」

やはり気になっていたのだろう、要塞ホテルでのエンマコンマたちも斗美側の23全区長の立候補者という認識で、藍らの情報をチェックしていて、前者の台詞は竜馬が、後者は有紀が発声したものだ。

胡桃沢やエプスタインら、他のエンマコンマたちもざわめく。

それは何故か?

このエンマコンマ内乱、覇権争いであったのだが、そもそもなんでこんなことになったのかというと、組織がデカくなり・軍事的に強力になり過ぎたから、とか、それなのに明確な舵取りをするボスがいなかったから、と色々あるだろうが、何故にこのような身体になってしまったのか?という意識下の不可思議から逃避するための補償行為としてエンマコンマたちが潰し合ったという説が、この闘いの後にははっきり意識されるようになる。

そんな皆のイドを公共の電波に乗せ、衆人観衆の前で藍は言ってのけた。

ひと言で云えば、プロビデンスの正体を暴ければ、戦う必要はない、この身体が元に戻らなくても、原因であるプロビデンスさえ何か判れば、それはエンマコンマたちを超人やサイボーグでなく病人やケガ人のベクトルに寄せることになるのだ。

ハヤタ斗美のしてきたことはある意味で正しかったのだ、同胞を守るため、と。

確かに守るためにマイノリティで固まり・武装することは間違いではないが、本来であるならば、その原因を辿ることこそ、いちばんすべきことであった。

藍はその言葉を洋二から知っていた。

斗美も〈その存在〉をプロビデンスと呼んでいた。

それはみゃーこや亜矢子たちもそうだった。

だからこの中継を聴く全エンマコンマは、つまり斗美らも、藍の切ったカードに衝撃を受けた。

「麻井藍が恐ろしい」とはこの時の斗美の発声で近くにいたみゃーこが聴いている。

彼女らインテリが〈その存在〉をプロビデンスと呼ぶのはキリスト教で〈神の意思〉を意味する単語であったからであるが、それよりも〈プロビデンスの目〉とはアメリカのドル紙幣や国章に印刷され、フリーメイスンのシンボルマークであるピラミッド頂上の目のことである。

あれがエンマコンマ化の工程で皆が見た〈瞳〉にいちばん近いと感じていたのだ。

そう!プロビデンスとはキリスト教や米国を表す単語でもある。

星川翁は、麻井藍を支援せよ!と指令を出していたが、正直、部下や協賛の有力者は何していいかよく判らぬし、聴いていてこの小娘に鎌倉の法王が何故に協力するのか理解できなかったが、この〈反プロビデンス〉という単語を聴いた瞬間、反米・反陰謀論と理解し、企業や団体といった法人で、10大SNSに理解や共闘を示す書き込みを残し、高額の投げ銭を開始した。

そう、既存の政財界の権力者が藍になびいた。

その時に流れる映像は、洋二がもしも時のために隠し撮りし、信夫に渡しておいた、藍がラーメン屋で笑顔で接客し・ドロドロのスープをかき回すところ、や、公衆トイレを掃除し・迷子を助けるところ、といったこれ見よがしに道徳的な映像ばかりだ。

これに江野や兼崎らチャンピオンシップ・フレンドシップのメンバーが「麻井さんが普通の・どこにでもいる女の子、でも僕をイジメから救ってくれた!」や「悪の道に進み・同級生をイジメていたオレを更生させてくれたのは麻井さん!きっと親の会社も助けてくれる!」とコメントを残し、「エッ!麻井藍と同じ学校なの!?」というコメントからネット内のサポートチームを江野と兼崎が買って出てくれた。

そしてラーメン屋や清掃会社の人々まで「藍ちゃんはクレーマーにも立ち向かう、ちっちゃい娘なのに、誰にも負けねぇ」とか「若いのに公衆トイレをきれいにするためならば素手でも洗う」とかのやはりこれ見よがしな偽善的な援護射撃が続いた。

同級生に労働者の援護、これは両方、川嶋美香には無い支持層であった。

その川嶋美香はプロビデンスは知らないが、リアルタイムの検索ランキングで〈麻井藍〉が秒単位で急上昇していることで、初めて異変に気づいた。

しかも実際に自分の近くを目指すように北上してきている。

青共学園体育館の作戦本部にいる美香のスマートフォンに着信、熊本銃三からだ。

「おい!川島さんよ!麻井藍がメシ食っている映像観たか!?」

熊本銃三が云うには藍がごはんのおかわりの時に一瞬だけ姿見の鏡に映る茶碗を受け取った人物が星川翁だというのだ。

「誰よ、それ!?」と美香。

「日本のフィクサーだよ!政財官学に影響を及ぼす鎌倉の御前だ!」

「な、なんで、あの女にそんなコネがあるんだ!!」

「知らねえよ!」

勿論、その鏡に映る星川勉をわざと編集で切らなかったのは信夫である。

それは熊本銃三だけでなく、多くのネット視聴者が気づいた。

麻井藍の背後には星川勉がいる、と。

「ロビイストどもとゲンロンカフェでの座談会はキャンセルしろ!麻井藍は北上してくるんだろう!?渋谷で直接叩き潰してくれる!!」

と川嶋美香は側近に命じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る