第63話 熊本銃三 2
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ひと組は20代前半の派手なTシャツを着た男性二人組だ。
つけてきている。
というか、つけているのをバレても気にしない素振りだ。
ハヤテは最初、川嶋美香の手の者と疑ったのだが、搦め手を使うがフェアであり続けるという彼女の性質だけは理解していた。
先程のラジオからので声明は、竜馬サイドのエンマコンマにも投票操作をさせない宣言といっていい。
そういう川嶋美香の特性からあの男二人のルックスと雰囲気はどうもズレる。
竜馬たちは今斗美らと一触即発状態なので、この選挙に介入してこないだろうし、それどころか23全区長に関心が元来ない。
―つまり、熊本銃三の手下だな。
だがもうひと組が、これが一切判断つかなかった。
男性の老人と幼稚園くらいの男の子。
「あれ、ヘンだよな」
信夫がハヤテが話しかける。
ハヤテは自分がドローンや脳内AIで見つけたのに、肉眼の観察で見つけた信夫を恐れた。
それが表情に出たのか、信夫はこう切り返す。
「お爺ちゃんと孫息子の散歩に見えるが、この駅前から自動車に乗らなければ今ここにはいない。ヘンだよ」
ハヤテは直ぐに周囲の自動車をサーチした。
エラい旧車を見つけた。
4人乗りのデューセンバーグ。
運転手なのだろう横にワイシャツ姿の40代男性が立つ。
そのクラシックカーのナンバープレートを直ぐに検索すると持ち主が判る。
その名に心当たりがなかったので更に検索する。
―なんだ、このお爺ちゃん!?
まさにそのお爺ちゃんが演説を終えた藍に近寄る。
「聴いていただいて、ありがとうございました!」
藍の方からその老人に話しかける。
老人は腰が曲がっておらず、皺と白髪は多いが、170はあるその世代では高い背丈で藍と握手してもいやらしさは微塵も感じなかった。
「静雄、そう、この子の名前なんだが、この子の手もいいかい」
「どうぞ」と藍はその幼稚園児くらいの男の子とも握手した。
「お嬢さんの話よかったよ。豚の骨から臭いスープ作ったり、トイレの清掃のコツを教えてくれたり。どうも最近の演説を聴いていると自分を被害者の立場に置く話ばかりで聴いていて不愉快だが、タイヘンな中でも面白いことを見つける、いいじゃあないか」
「公約、って何も未だ言っていないのですがね。だって、初めての試み、その23全区長として統括するだけで手一杯になるでしょう。職務を全うするくらいしか実はなくて、あまり薔薇色の未来を語るのは下品だと思います」
「ふーん、これからどちらへ」
「横浜を経由して、都内に入ります」
「そうか、大きい声出したから疲れたろう。私んちで朝ごはん、食べていかないか」
「はい、ご馳走になります!」
せっかくだから横浜の中華街で朝ガチ中華を皆で考えていたが、ずっと話している藍はお腹の空き過ぎが限界だったのだ。
「それじゃあ、私の部下が運転するボロ車の後をついてきてよ」
気づくと老人と子どもの脇にあのデューセンバーグが止まっていた。
「おい、ハヤテ、あの老人って誰?もう調べたんだろう?」
あの動じない信夫から動揺が感じられる。
「日本のフィクサー、鎌倉の老人、戦後日本の影の支配者、星川勉だ」
それだけハヤテが云うと4人はランドクルーザーに乗り込んだ。
「私は麻井藍です。朝早くからお招きいただい感謝します」
星川勉が名乗った後にそう藍は返した。
そして弓と信夫も名乗ったが、ハヤテは追手が気になるので外で待機する(ごはん食べる必要ないし)。
但し、脳波コントロールでドローンを一機室内に放っている。
朝餉の支度というのだろう星川は年齢が80代であろうに手際よくキッチンで作業している。
3階建てのアパートの1階、角部屋である。
1LDKでこの手の建物では広い方であろう。
気づくと弓が子どもとミニカーや積み木で遊んでいる。
信夫は星川に了解を取った後、テーブルや食器の準備を始めた。
その時に信夫は藍が選挙活動の一環としてiPadを操作している非礼を詫びている。
藍は各SNSやHPに先ほどの二か所の演説をアップした。
そして今日一日の演説コースを明記し、参加を呼び掛ける。
ダシからとった味噌汁、サバの味噌煮、レタスとトマト、ベーコンエッグ、漬物、そしてご飯が並ぶ。
さぁ、いただこう!と星川の言葉が合図となり、静雄含めた5人は食事時の挨拶をして食べ始める。
藍、あえて最初に漬物皿の浅漬けたくあんときゃらぶきから食べたが、両方とも良質な水や土を食べているような素朴さ溢れる味であった。
お互いの年齢や近況を話し、和やかに進んだ中、星川が「戦争が終わった時が、皆さんと少し下の年齢だったかな。きみらで云う中学生くらいの年齢だったよ」
では今年齢で云うと90を少し超えたくらいか、と推測したのは弓と信夫。
「戦争話なんて、爺さんの繰り言と思われるだろうが、若い人が集まって、もう一人の男の子は自動車にいるけど、何かするっていいもんだよな。軍人の中の文学好きが集まっていた結社の最年少として私は参加を許されていた。戦争の遂行者であったが、皆、良い兄貴だったよ」
星川勉は終戦時14歳だったが、天涯孤独だったことから、そのまま文学結社・大和古典派に残り、同時に先輩たちと共に利権や隠し財産を管理していた。
その金脈が復興や高度経済成長期にモノを言い、気づけば、政財界やマスコミに影響力を持つようになっていた。
1980年代には星川以外の大和古典派は全員他界し、彼だけがこの鎌倉で中央政界や経団連に目を光らせるカタチとなっていた。
この戦後史はこの後の移動でハヤテから三人は聴くことになる。
ここでの星川は戦後、文学仲間と事業を始めて成功したが、イヤな人間や不愉快なことに遭うばかりで偉いと人は言うがつまらないことの多かったという主旨を語り、濁した。
「だから、友達は大事にした方がいい。人生の黄金時代は仲間と過ごした日々だ」と星川が締める。
「思いついただけの疑問なんですが」と藍が云い、星川はうなづくことで促す。
「ご自身たちで政界に討って出ようとは思わなかったのですか?」
「それはないな。ブローカー上がりの政治業者が蔓延っていたから、むしろそいつらに君臨する道を選んだのだ」
「そのナントカ上がりの人たちとも友達になれたかもしれないのに?」
「あんな下品な連中と新古今和歌集を語り合うことなんぞできんよ」
「あのー、星川さん、私、今まで同性の友達っていなかったんですよ。なんか気を遣うし、あっちもこっちに気を遣うとか直ぐ判るんで、けれども昨日、ようやく女の子の友達ができたんですよ。どうしたと思いますか?」
「気兼ねなく話してみた?」
「ほとんど正解なんですけど、焼肉屋で焼肉食べまくったんです」
藍の言葉に弓が微笑む。
「判った、判った、肉が食べたいんだろう」と星川がベルを鳴らすと直ぐに中年の男性がやってきて、去る。
2分後、ワイン色のソースがかかった鹿肉が人数分、テーブルに置かれた。
「旧知のハンターが昨夜分けてくれたもんだ」
その二分の間に星川が語るには、このアパートは全て星川の持ち物で、映画を観るだけの部屋や書庫、風呂場にサウナもあり、使用人も常駐しているということだ。
「場を作る、何か話すとかでなく、どういう目的があるというのでなく、場を用意すれば意見や思想が違う人同士でも話し合える場こそ大事なのだと気づいたんですよ。その時には星川さんが作ってくれたこれらの料理やジビエのような美味しいものは必須ですよ」
「ああ、確かにそれはあるな。国のためひと言云ってもそれが陛下のためなのか・人民のためなのか、親のためなのか・未来に生まれる子どもたちのためなのか、違いを論じ・論破するのでなく、話し合うことこそ楽しかった。誰が正しい・誰が間違っているでなく、場さえ持っていれば話し合えばいい、か」
「はい、そのような場の制定が今急務だと考えています。ですから私は行政官でなく、立法者なのかもしれません」
「藍さんはエンマコンマを知っているんだね」
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