第62話 熊本銃三 1
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横浜国立大学の前を通った時に明け始めた。
腕時計を見ると4:37。
―よし!3時間は眠れた。
後部座席で寝ていた藍は隣の席に信夫がいて、ギョッとしたが、そうだ、昨夜合流したのだ。
応募打ち切りぎりぎりで立候補した藍はそこそこ話題になっていた。
だから信夫をわざわざ電話してきてくれて、選挙参謀を買って出くれた。
立候補時の豊富や動機を修正してくれて、HPやInstagramやXといった主要SNS10にアカウントを作成してくれた。
斗美のマンションを出たのは深夜1時頃だった。
その時に藍はエンマコンマに力を借りる気が無い、自分らだけで選挙に挑むと宣言し、斗美もそれを承諾していた。
斗美やみゃーこら首脳陣、ハヤテと音矢からすれば、エンマコンマが後ろ盾になっているから川嶋美香はあれだけ権力を持っているのであって、エンマコンマさえ潰せばこの闘いを制するのであるから、斗美は口には出さなかったが23全区長選挙に数が限られたエンマコンマを割く気はそもそもなかった。
だが砂子も件もあったので護衛をつけることは考えていた。
洋二は未だ意識を取り返さない。
だが神経シナプスめいたラインが作動しているのが判る。
ご丁寧にカウントダウンの数字をモニターに映し出していた。
それがあと20時間も残している。
エンマコンマ一体でも欲しいのはあちらも同じで、大沢と山内の抜けた穴を埋める編成を考えているのであろう。
だから竜馬たちも直ぐには攻めて来ない。
「斗美さん、小型化に成功したロケット・アタッチメント、借りるよ」
ハヤテが口したそのロケット・アタッチメントとは東京~横浜間をたった4分で移動できる背面設置型のエンジンであった。
今、このトヨタ製のランドクルーザーの後部に鎮座している。
もし竜馬らの強襲があった場合、直ぐに斗美たちと合流する予定なのだ。
だから直ぐいなくなる可能性がある。
そのため、信夫と弓にランドクルーザーの運転をレクチャーした。
今運転しているのは弓である。
「まさか、自動車の運転をするなんて今まで考えたこともなかった」
初心者らしく前方から視線を離さず、ちょっとだけ微笑んだ弓が云う。
「デカい企業が技術と経験を生かして作っているんだ。難しいワケがない」
ハヤテはそう答えるが、エンマコンマの脳内AIのサポートで歌舞伎町時代に何度か運転しているくらいで、自分の手柄のワケではない。
信夫はもともと自動車に興味あったので、弓より早く覚えた。
だが信夫は17歳で、弓は16歳である。
免許を修得してよい年齢ではない。
だがそこはエンマコンマの超法規的対応で、免許証まで発行され、つい先ほど神奈川県警察本部で受け取ったところだ。
歯を磨きたかったが、お茶を飲むことでがまんした藍は信夫がネットに上げた文書や画像を見る。
どれも劇的でも、攻撃的でもない。
今年の春からアルバイトを始めて、ラーメン屋の仕込みや接客、ショッピングモールで清掃作業で社会や世間が見えてきたので、早めに行政に参加したいと考えたこと、そして、今回のような門戸が広く開放される選挙に私のような政治素人が参加することで、思い立ったというだけで、選挙に立候補していいんだと波及するようにしたいと考えているという2点だけに絞った。
鎌倉駅前のファミリーマートでバイク便で運んでもらったポスターやビラを受け取り、西口駅前にて、まずは拡声器なしの演説を始めた。
内容は各SNSにも載せたあの2点。
信夫は早速撮影を始め、各SNSにアップする予定。
時刻は6時。
土曜ということもあるのか人出は少なくないが、足を止めて聴く人は一人もいない。
ここ鎌倉から始めたのは、23区内へ通勤・通学するひとが住む最南端であろうということと、選挙のプロもいないので、まずは即席演説で藍が慣れるための練習の意味もあった。
―内容も大したことない。プロパガンダ的な才能があるワケじゃないが、妙に惹くものがある。でも、チビっこいのに保護欲そそるような媚はない。むしろ、次の瞬間何をするか判らない雰囲気が溢れる。
だからハヤテは少しでも足を止めてくれたら、今の自分のように聞きほれるのにと思った。
「信夫、屋上の登壇ステージの試したい。早いが次に行こう」
「ああ、いいよ」
短時間ではあったが自動車の運転のレクチャーを通し、信夫とハヤテはため口をきく間柄であった。
これはお互いが珍しいことであった。
移動する登壇ステージで初めて藍は拡声器を使った。
先に打ち切るようにハヤテが場所の提案をした理由はどうもこちらを伺う者がいて、同時にこちらには気づかれたくない素振りを見せていたから気になったのだ。
ハヤテは、現在でも洋二が云うところのホッパーやマーカーを作動させていて、ランドクルーザーに四か所、脳内コントロールしている10台のドローンのカメラで周囲を警戒しているのだ。
熊本銃三には利用されるし、砂子を守り切れなかった深い絶望がハヤテを変えた。
砂子のことを考えるだけで、今も胃にどろどろに焼け・溶かされた鉛を流し込まれた気分だが、今はやらなければいけないことを冷静に注意深く完遂していくしかないと考えていた。
それに、とハヤテは思った。
―砂子が命をかけて守った二人の女の子を次はオレが守る!
といった信念がハヤテにはできた。
「ハヤテよ、200万人VS4人だよ」
「なんの話しだ?」とハヤテに返した。
「各SNSのフォロワー、川嶋美香がこの数週間で催したイベントの来場者から彼女にシンパシーを持つ人数が、200万と概算したんだ」
運転席では未だ緊張して運転する弓、助手席では自動車のウィンドウガラスを下げて名を告げ続ける藍。
投票日は明日の日曜。
たった二日で、このつたない陣営で、どうしようというのか。
そんなようなことをハヤテは信夫に尋ねた。
車内では助手席の藍のジャマにならぬよう、iPadでラジオのニュースを流していた。
「たいへん申し訳ございません。こちらの準備不足でした」
その声は今説明したように藍には聴こえないようにボリュームを絞っていたのだが、かすかに耳へ届いたのだろう。
―川嶋美香の声だ。
藍は奥歯を噛む。
「投票者の身元の証明を兼ねたアカウントの構築、その情報量に選挙管理委員会の勿論、私とは独立した団体ですが、そのサーバーでは明日数百万人が殺到する投票には耐えられないと判明したのです。恐れ入りますが、各投票所へご足労お願い致します」
ハヤテが信夫に尋ねる。
「こりゃ、どういうことだ」
信夫が答える。
「簡単だ。川嶋美香はこっちのエンマコンマがネットに介入し、票田を操作すると思っている」
信夫は昨夜小一時間話しただけで、エンマコンマという存在を肯定し、理解した。
「次の演説会場に着いたよ、行くよ」
その藍の声はどこかやはり感情を押し殺すような感じがした。
弓がポスターやビラを用意し、かたちだけだが藍の隣に立つ。
ここは由比ヶ浜、トンビが青空を舞い、海は更に青い。
信夫は引き続き撮影している。
そしてハヤテは気づいた。
鎌倉駅から続けてここにいる二組の存在に。
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