第51話 賀藤弓 5



     5



トレーラーが新宿中央公園の横に止まる。

2組のカップルは別れを惜しむが、それもままならない。

―藍ちゃんと洋二さんはいいけど、砂ちゃんたちはさっきようやく判り合えたばかりなのに。

弓がそう思うのを察知してか、砂子からハヤテが離れる。

音矢が「直ぐに戻る!」と声をかける。

ドアが閉まり、トレーラーが走り出す。

「これは、そうとうなもんだな」

「ああ、これ程のことをやるとは、今までなかったよ」

洋二が云う〈これ〉とは爆破予告の犯行声明という口実で公園内を全部封鎖したことだ。

つまり官憲すら利用できるということだが、それをしたことにハヤテも驚いている。

そしてエンマコンマにはレーダーも内蔵しており、洋二はその振れ幅から目標物をマーカーでチェックしたが、ポインターで追わせる必要はもうなかった。

何故ならその相手がレーダーを気にせず、近づいてくるからである。

16時、夏だから、未だ明るい。

それなのに天空からエンマコンマが降りてくるのである。

以前ならば明るいうちにこれ程の大胆な行動を取らないのに、取ったのだ。

「おい、エンマコンマだけかよ!」

ハヤテはエンマコンマが使うイヴィトール・ユニットが降りてくると思ったのだ。

だが、降りてきた者は、背中に翼と腰に排気ノズルを直付けしたエンマコンマだった。

そのエンマコンマは2メートルもあるライフルも装備していた。

「ふぅー、ハヤテを撃たなくてホッとしている。あずま屋と違って、知っているヤツはやっぱ撃ちたくない」

彼は豊島亮。

竜馬の配下のエンマコンマだ。

ライフルの銃身を1メートル以内に収納させ、背中の羽を折りたたむ。

その動作を手を遣わずに行った。

「おい!豊島!手動ではなく自動ってことか!?それとも?」

「そうだ、ハヤテ、これはオプションとして付いているワケじゃない。オレの脳波で銃身を縮め、羽をたたんだ」

「春の、オレの起こした木本たちの闇討ちの駄賃か!?」

「ハヤテ、おまえだけってワケじゃないだろう。その話がしたくて呼んだのだ。中で織豊さんたちがお待ちだ案内する」

豊島は二人を誘う。

『さっき賀藤から聴いた、要塞ホテルとやらで行われたエンマコンマ同士の戦闘のことか』

『ああ、破損や破壊されたエンマコンマのボディが手に入ったから、ようやくオプションであるアタッチメントやユニットでなく、直付け・内蔵の改造をしたのだ。コイツだって、元々は腰の低いフリーターだった。改造されて気が大ききなっていやがる』

これはエンマコンマ同士の脳内会話で、アカウントらしきものはあるので豊島には聴こえていない。

そして、公園には誰もいない。

だが三人が目指す滝を模した背景がある広場に6名の男たちが立って待っている。

洋二の脳内コクピットのディスプレイには6人の顔のアップが映るのは、エンマコンマの目が望遠だからで、その下にキャプションで名が判るのはハヤテとの通信ラインが切られていないからだ。


織豊竜馬

大沢康安

デイヴィドソン・エプスタイン

山内群馬

伊都寿彦

胡桃沢翔


皆、軍人が着るようなカモフラの迷彩服をまとっている。

だが豊島の縮んだライフルのように突起物のようにしか見えない内蔵兵器が露出している。

「ハヤテ!久しぶりだなぁ!」と竜馬が声をかける。

「その様子じゃあ、足の故障は治ったな!」とハヤテ。

「ああ!ボディが12体あるから、あらかた内部構造や配線の解析は終わったよ!おまえのおかげだ!」

「織豊!一つ教えてくれ!オレとの去り際にアンタは何で笑った!?」

竜馬は少し考え込んだふうを見せたが、それは演技でなく、言うかどうかを数秒間本当に悩んだのだ。

「ハヤテ、では教えておこう。あの時にあの場からされば、背負っているオレ、という立場で逃げられた。昔のオレだったら同じようなことをしたなぁ、と笑ったのだ」

これを竜馬は本心から語っている。

「昔の自分の投影、そうできなくなった自分の、汚れちまった悲しみに的な歪んだ優位性か?二重にアンタはオレを侮辱している」

ハヤテはイヤになって家を出た短絡的なハヤテではなく、なぜ自分が目の前の男を心底憎んでいるのか、理解し、同時にも相手に納得させることを渦巻く腹立たしさの中で、できるだけ冷静に考えていた。

「熊本の新自由主義的な利己心、美香の偽善的なファシズム、どちらもヘド吐く程に嫌いだが、それと癒着すれば、オレの正義は貫けると判断した!というか、エンマコンマになった時にしていた!オマエという昔のオレを見てようやく、理解し納得した!進化したのだ!」

―いいかい?ハヤテ。おっと。

『いいかい、ハヤテ』

洋二はラインでハヤテに話しかける。

『今、それどころではないし』

『そうだろうが、一つだけ。コイツらは、簡単に言ってオレたちをやる躊躇がなくなった』

「あの要塞ホテルのエンマコンマ内乱で起こったことはボディの解体による分析と改造だけじゃあない。コクピット・ボールの本体を潰さなければ、殺人したことにならない、という事実に気づいただけだ。この織豊という男が云っていることは詭弁だ!相手を殺さずに、エンマコンマを無力化できて、自分らのスペアにもできるという損得勘定だから、イデオロギーなんて、そんなの関係ねぇ!はっきり言う!コイツらは男の腐ったのだ!」

洋二は大声あげるなんて物心ついてから初めてだった。

「おい、途中からハヤテに耳打ちじゃなくて、発音したのに気付いていたかぁ!?」

豊島は同性愛者だったので、〈男の腐ったの〉は浴びせられてきた差別用語であった。

『洋二、ヤバいよ、アイツはホモだよ』と脳内にハヤテ。

「いや、ハヤテさ。性志向じゃないさ、気持ちが心が腐っているとオレは言っているんだよ」

勿論これも洋二は発言している。

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