第45話 織豊竜馬 4
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木本たちからなんの抗議も反対もなく、胡桃沢とリイナは竜馬と共に歌舞伎町の青春共和国ビルに戻ってきた。
暗渠のある通りにトレーラーを配備させ、伊戸と豊島が直ぐにイヴィトール・ユニットで飛び出せる態勢を造っていたのに、拍子抜けである。
―「国家安康」「君臣豊楽」。
今のモノローグは自社の重役室にいる熊本銃三のものである。
その部屋に野原ハヤテが入室する。
今夏同盟に所属したハヤテはこの年明けの約半年間、同じ空間にいたことはあっても熊本と口を聴いたことはなく、接点はほとんどなかった。
だから「どうも」とだけハヤテは云い、二の句が継げない状態だった。
「ハヤテくんのハヤテは颯、風に立ち偏の漢字を片仮名にしたものだ。私は野原颯という人にあったことがある」
ハヤテはうっすらと表情が変わる。
「子どもの頃から事業をやりたいと思っていたから、きみのおじいさんにたどり着くのは直ぐだった。小学生の時代に『林檎』シリーズをよくペレステでプレイしたいたからね」
中高から立志伝中の起業家の本を読み・講演に出かけていた熊本だった。
野原颯の「林檎」は落ちゲーと音ゲーの面白さを融合させ、BGMが伏線になっており、本格ミステリの大オチを味わえる趣向もあって人気があった。
しかしそれをハヤテは知らない。
会社を潰したからだ。
だから父親は継ごうと思っていた会社が無くなり、不動産会社のサラリーマンになった。
自分たちは没落した、というネガティブな雰囲気が家庭には漂っていたのかもしれない。
ところが熊本の話によると晩年まで、過去の栄光という威光で講演活動をやっていたようで、確か幼稚園くらいの時にその会場に何度か連れて行かれたことをハヤテはなんとなく覚えている。
そのことを口にすると熊本は「きみ、仮面返信レスポンサーのTシャツを着ていたよね」と云う。
確かにそれはハヤテが子どもの頃に好きだった特撮番組だった。
「きみのおじいさんが講演の最後に『孫です』と紹介したからよく覚えている。高校生ながらに微笑ましく感じたよ。まさかこんなふうに『林檎』シリーズのお孫さんと再会できるとはね」
とりあえず一家離散だけはせずに生き残りました、というオチに利用されたのだろうとハヤテの父親・颯の一人息子は云っていた。
「あれから爺さんは老人ホームに入居して直ぐに亡くなりました。オレは爺さんと同じ名がイヤだったが、親たちもどこかで爺さんの過去を復権させたかったのでしょう。で、お話とは何ですか?」
奇妙なことにハヤテは少し笑みを浮かべている。
会社は潰したが、「林檎」シリーズは今でも大手ゲーム会社に版権を売った後も続編や廉価版が作る続けられ、スマホのアプリゲーとしては現役であったため、そんな話を聴く度に少し誇らしい気持ちになるハヤテであったから、今もそういう気分なのであろう。
「きみたちの救国ガーディアンズに技術協力をしたい。アタッチメントとユニットを一般人でも使えるよう量産体制し、要塞派の連中を牽制すべきだと思う」
―「地獄に落ちた勇者ども」。
熊本の話によるとレーザー・カッター・アタッチメントやイヴィトール・ユニット等繊細な操作が必要なものはエンマコンマの爪毛USBで直接的なジャックインしないと制御できないが、スタンガン・アタッチメントやライフル・ユニットはAI制御を施せば使用が可能なのだそうだ。
そして熊本が〈牽制〉という語彙を選んだのは要塞派の連中が、家出キッズの集団だった青春共和国ビルのスタッフや救国ガーディアンズを見下していることからだ。
青春共和国ビルのエンマコンマフロアや港区のペントハウスのエンマコンマはブルジョワであり、穏健派であるから、そんなことはないが、過去にダメ人間やクズで構成される要塞派たちはハヤテたちを下働きとしてしか見ておらず、蔑んでおり、その頭目であるハヤテに対しても同様の態度である。
―まぁ、蔑まれれもしょうがねぇンだがな。
このモノローグは先程の国家~、地獄~と違って、熊本のものでなく、ハヤテが想起したものだ。
熊本がハヤテの祖父の講演会を聴きに行ったのはウソではない。
ただ「孫です」というオチは後年動画配信サイトで観たもので、そういえば自分が見た会場でもあったかも、くらいである。
熊本は大学時代から起業し、直ぐに軌道に乗せ、その事業は大枚で大企業に売れた。
その会社で室長という名誉職を貰い、30歳にして若隠居しているようなものだ。
でもそれではつまらない。
だから海外への出張を希望し、軍需産業に接近した。
そして旧知の浜野や澤井からエンマコンマを知らされた。
これは会社経営なんてチンケなもでなく、人類史に足跡を残せるレベルの事業だと直ぐに悟った。
だがそもそもにして理念や主義主張という目的で集まった集団ではない。
舵取りが必要なのだが、斗美はエンマコンマの同胞のことしか考えず、武闘派だと思っていた竜馬がお荷物と化している要塞派に注意もできない。
目的がない集団の弱みなのだが、そこに23全区長を用意した美香である。
美香と熊本はエンマコンマたちに目的を与えるために奔走し、手を組む。
「いいでしょう。でも訓練は必要だ」
「颯さんのお孫さんのために協力は惜しみませんよ」
熊本は顔の広い男である。
だから周囲の人間で実は昔縁のあったひとをチェックしていたのだ。
そして救国ガーディアンズの演習は始まった。
その演習はやはり歌舞伎町・渋谷のエンマコンマたちの耳にも当然入る。
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