第41話 賀藤音矢 5



    5



藍が「トイレに行ってきます」と云うと弓が「私も」二人で席を離れたので、多分時間かかるだろうなと思ったのか音矢が話しかけてきた。

「春頃だったよな、鮎川がエンマコンマ化したのは」

「ああ」

「エンマコンマ化する前にあの藍って子とは付き合っていたのか?」

「いや、さっき端折ったエンマコンマ化した事件が、そもそも藍と親しくなるきっかけだった」

「そうか」

「はっきりと言えばいい」

「無いんだよな」

「そりゃ、エンマコンマって、不能なんだろう、全員」

「どうするんだよ」

「どうにもしないさ。どうにかしたいのか」

「したいよ」

「でも、でもさ、賀藤。弓さん、妹、なんだろう?」

無言。

そこに藍と弓が戻ってくる。

「ごめんね、兄ちゃん。藍ちゃんに兄ちゃんのこと話した」

随分長いと思っていたら、二人もそんな話になっていたようだ。

「うん、カノジョにお兄ちゃんと呼ばせるカレシたまにいるから、そういうのかと思っていたよ」

と藍。

「賀藤はもっとカノジョにしたいらしいけどな」

と洋二。

すかさず洋二を軽く睨む音矢。

「私は、たまに抱きしめて眠ってくれて、深い口づけだけで満足だけど」

この弓の言葉に、さすがの藍も顔真っ赤。

洋二は洋二で音矢も耳元で「妹に何してんだよっ!」と囁く。

「今はそれで満足でも、ずっとということはあり得ないだろう」と音矢は洋二にだけ聴こえるように小声で話したが、藍には聴こえた。

「いや、そもそも現時点では知らないのに、知らないことに対して、満足する・しないとか勝手にやきもきするなんて、相手を見ていない証拠だよ」

藍のそのコメントに、弓は嬉しかったが、止めるような態度として藍の袖口を弓は軽く引っ張った。

「じゃあ、藍さんは鮎川がずっとこのカラダのままでいいのか」

声を荒げることもなく、視線さえズラして音矢は云った。

「その時に考えればいいと思っている。そしてその時が来たら、洋ちゃんを直すか・受け入れるかを絶対に決める」

その藍のコメントに音矢はズラした視線を軽く交叉させた。

洋二は、案外藍の言葉を頼もしく感じた。

学内のいじめグループや実の父親相手でもその小さい身体でも、敢然と立ち向かうのをよく知ることから、虚偽は一切感じなかったから。

―そういうふうに考えていたから、何も聞いて来なかったのか。

とも同時に思った。

「藍さんさ、実はこっちにはこの身体を直す、というか、改善できるベクトルで動いているんだ。だとしたら、どうする?そしてこの話こそ、鮎川に会いに来たメインの話なんだ」

藍は「まずは聴かせて欲しい」と云った。

音矢はふと考えたが、その考えた内容の説明も含めて話す。

「弓にもしていない話でもあるんだ。さっき道すがら、鮎川にはオレが所属しているある組織について話した。その組織を弓には知られたくなかった。その理由もオレの話を聴けば判る。だから、理解する上で質問があれば、その都度質問してもらいたい」

音矢の言葉に皆が肯定の動作する。

「鮎川、エンマコンマ化して直ぐに脳内コクピットに入り、ディスプレイに〈29〉と表示されていたと言っていたな」

「うん。直感で〈同類〉の数だと気づいた」

「こっちの方はその〈29〉という数字はその日、おまえがエンマコンマ化した4月16日まで表示されていなかった。だから、この29体で打ち止めになったと理解した」

音矢の話は続く。

「ディスプレイに表示されていなくても、<1>から始まり、だんだんとカウントされ、29体めができた時に<29>と表示されたのだろうという結論だ。

「なぁ、鮎川、両手を動かせるくらいと云っていたが、それはオレも同じで、このコクピット内では動くことができない。未だにこのコクピット内に閉じ込められているだけだ。

「でもこれは明らかに人為的、〈ひと〉とは限らぬが、なにかしらの意識が介在していなければ、こんなコクピットだったり、有線が飛び出て、無線でネットに侵入できたりはしないだろう。

そう、この身体は未だにブラックボックスだったんだよ。

「オレたちの身体はかすり傷や今さっきつけたオレの腹の、おまえの右手の火傷、ほら、もう、回復作業を始めているようだ。皮膚が形成されている。

「だが竜馬というエンマコンマがいるんだが、腹に至近距離で弾丸を複数喰らったせいで、左足を引きずっていた。どうやらヒーリング機能が最適化されない場所だったのか、それ自体が機能しない場所だったのか、左足が完治されない。

「それがその男にとって、禍根だったのだろう。その感情が遠因の一つとなった。

「4月21日には〈29〉が〈17〉になったと言ったな。それはこちらの皆も全員観測している。むしろ『やはりあれはエンマコンマの総数だったんだな』と思ったものだ。

「さて、鮎川、じゃあ、12体のエンマコンマはどうなったと思う?」

音矢は洋二の目を見据えて問うた。

「そのエンマコンマを作った超常の存在になんかされた、とか」

いや、洋二は珍しくはぐらかした。

彼ももう気づいている。

「違うよ。その12体のエンマコンマを潰したのは同じ組織のエンマコンマだ」

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