第40話 賀藤音矢 4



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特に誰かが狙ったワケでもないのに、ファミレス席というのだろう、真ん中に大きい縦長のテーブルを配置したボックス席に、藍と弓が並んで座り、向かいに洋二と音矢がそうしていた。

その、あまりにも自然な素振りで四人共座ってしまったことに、直後、音矢がまず気が付いたが、自然なだけに口にすることがためらわれた。

店員さんが「以前来店されたことはございますか?」と問われると、藍が「ありますけど、聴きます」と答えた。

説明が済むと藍はタッチパネル式のタブレットに入力を始めた。

洋二は「アイスコーヒー」と云い、音矢は「オレも」と云う。

エンマコンマには食事は必要ない。

飲食したものは体内で全て完全に燃焼させてしまう仕組みらしい。

だが、斗美や亜夜子はよくお茶菓子を食べている。

あれは会話の折のアクセントなのだろう。

音矢も菓子には手は付けないが、飲み物だけすするようにはしていた。

洋二としては、本当に音矢の話が聴きたかっただけ。

ようやく会えた、自分の身体を知る者の登場なのだから。

数分後、男二人の前にはアイスコーヒーがそれぞれ置かれ、女二人の前には生肉が八皿置かれた。

生卵を、バターが浮かんだソースをつけて食べる肉、壺の中に入った肉、ハサミで切る肉、いろんな種類がある。

「藍ちゃんさー、ごはんもの頼まなくてよかったかな」

「炭水化物は後半にしないと、食べられる量が減る!」

勿論、既に網の上で肉を焼きながら話している。

「あ、野菜はいいの?」

「野菜食べたいの?食べ放題は好きなもの食べ放題だから食べ放題なのに」

弓は数回、共に暮らす母とこういう食べ放題の店やバイキングに行ったことがある。

肉ばかり食べていたのだ。

それを母親に見咎められ「弓はね、そんなに肉ばかり食べているからくっさいおならするのよ」と云われた。

―なんでお母さんは、10代の女の子だったことがあるだろうに、10代の女の子が死ぬほどに言われたくないことを平気で云うんだよ!

だが、今日隣に座る一つ年上の女は肉ばかり、どころか、杏仁豆腐とチョコとバニラのソフトクリームも肉と同時に頼み、なおかつ飲み物はコーラを頼んでいる。

―このコ、不良だなー。

いや、考えているヒマはない。

そう、横に座る藍は焼く手を止めず、「焼けて食べられるの、どんどん弓ちゃんの皿に乗せていくけど、いい?」と聴いていた。

皿の上の肉の残数、網の上の肉の食べられるまで仕上がる時間、そして自分の皿の上の焼けた肉、この配分を考えるとそろそろ追加注文をすべきだと藍と弓は同時に気づいた。

「判っているよね」

藍は焼いているので、タブレット端末を弓に託しながら云う。

「うん。だいたい、藍ちゃんの戦略が判ってきた」

野菜など頼む必要はない、美味いものを食べればいい、食後にスイーツとかの既存概念をブチ壊すのだ、これが弓が理解した藍の戦略だ。

「そろそろご飯かね」

「未だ早くない?」

「早いかもしれないけど、やはり肉とご飯の相性には勝てないよ」

「藍ちゃん、頼むならば、韓国海苔玉子ごはんにしてよ」

「勿論」

もう勝手にやってくれというふうに洋二は音矢にエンマコンマの能力や特性について尋ねていたが、向かいの連れの女の子二人の、目に見えぬ敵と闘うかのようなオーダーと食事は男二人とも、TVのドミノ倒しを流すバラエティ番組を観るような気分で眺めるようになっていた。

―これ以上、こんなおてんばと一緒にいさせたら、弓までおてんばになってしまう!

音矢がそんな感想を持つ。

そして「食べ過ぎは太るんじゃないか」と音矢は妹に声をかけた。

「大丈夫だよ。藍ちゃんが伯母さんから聴いた話によると体育の授業は一生懸命やりなって言われたって。その伯母さん、大学入った時に急に太ったと思ったので、なんだろうと思ったら、週五の体育が案外運動になっていたことに気づいたんだって!」

それは明日から夏休みの弓にどういう関係があるんだい?と云おうとしたが止めた。

代わりに「藍さんは弓より一つ年上だからか、影響与えているんだな」と皮肉にならない程度に云う。

「いやいや、私たちは対等だよ。ねぇ?」と藍。

「うん、兄ちゃん、あまり年上って感じしないし」と弓。

「それよりも影響を与え合っているのは二人の方だよ。ねぇ?」

「うん。兄ちゃんが一人称をオレだなんて、初めて聴くよ」

「洋ちゃんが二人称がおまえやあんたもね!」

「言っていた?」と洋二。

「言っていたよ」と藍。

「じゃあ、言っていたんだろうな。その俺の親友がさっきから何故に藍は焼肉屋に来たのかを知りたがっているんだが、何で?」

「簡単なことだよ。洋ちゃんは右手が、カレシさんはシャツのお腹あたりが、焦げた感じになっているでしょう」

「?」と男子二人。

「焼肉焼く時に火がばあっと噴き出して、それで焦げたと思われるでしょう、他人たちから」

―それは気づきませんでした。

とはやはり男子二人の感想。

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