第42話 織豊竜馬 1


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記者会見の席上、川嶋美香が演壇で一人座っている。

「在校生に影響はないのでしょうか」

記者の一人から質問を受ける。

この問いを説明することは長くなるが、叙述する。

エンマコンマ同盟の代表を就任してからちょうど2年が経つ。

美香はこの頃から後の青春共和国に繋がるNPO法人の勉強に平行し、斗美や熊本のコネクションを紹介してもらい官僚や政治家に会ってきた。

その年のうちに文京区のど真ん中にある私学の男子校が経営難であることを知り、翌年直ぐに経営陣全員を納得させた。

青春共和国のスタッフを学園に移管し、校名も「青共学園」と改称。

理事長にハヤタ斗美、副理事長に熊本銃三、学長に美香が就任。

その時、今からいち年前、美香、二十歳の大学二年生。

理事会は倍の報酬を払うことで、名のみの存在とし、事務や経理といった運営は元の職員に任せ、執行はエンマコンマ同盟の元老院が担う。

そして青春共和国の家出キッズのうち進学を希望する者には転校という名目で復学させた。

故に野原ハヤテ、平岩砂子はこの青共学園に所属していた。

(賀藤音矢は戸籍がないからしていない)

先の記者の質問の意図として、そういったあぶれ者たちを引き取る学園の側面が「在校生に影響はないのでしょうか」という意味である。

もう一つの問いには意図がある。

そもそも何故に美香は学校法人を必要としたのか?

これも着々と進められていて、翌年2022年内には実施を目標にしている〈政治〉への介入である。

美香がコネとロビイスト活動を使って総務省と文部科学省に提出した論文「青少年の政治参加を促す23全区長選挙の意義について」がある。

23全区長!

これこそ、この物語の核心である。

ようやく本編に登場することとなったのだ。

美香の通称「23論文」の意図はかいつまんで云うこうだ。

世襲と派閥により優れた人材の若人が政治に参加しない。

優れた人材は民間や起業に流れる。

少子化にも歯止めがかからない。

でもその反面、家出や素行不良による反社会的に勢力に吸収、もしくは引きこもりや非正規雇用等の国には奉仕せず、無力化どころか公序良俗に反する階級を形成し、犯罪率が上昇する。

そこで、政治への参加を促すため、高校生や大学生の年齢から政治や選挙を体験できるシステムを作ろうとするものだ。

それは、公立中学における職場体験の政治版であること。

「記者の方は何か、生徒たちが左傾化する、元不良少年少女と付き合いで悪影響を与えられると夢想しているようですが、それは断じてありません。

まず、選挙運営こそが目的であり、23全区長の執政に我が青共学園は関与しません。選挙はインターネットによる完全リモート投票となります。投票年齢は12~23歳の東京23区に現住所がある者です。これだけの人数を捌くことだけたいへんな学習となりましょう」

明治からの歴史ある私学を突如、買収した横暴への批判こそがこの記者の質問意図だったが、見事に美香は論点をズラした。

会見のレジュメや前情報では、タダの選挙ゴッコだと記者たちは思っていたのに、実はかなり大掛かりなものだと初めて知らされたからだ。

「その23全区長とはどのような権限を持ち、何を執政し、都知事とは何が違うのでしょうか?」

女性の記者が次に美香へ質問する。

「23区全部という意味での呼称でありますが、ゆくゆくは全国展開していきたいと考えます。ただ1回めのシミュレーションとしては23区全域が限界だと判断しました」

美香は話しながら背後のスクリーンに映るパワーポイントを指して云う。

「いえ、その23全区長は実際的に何をする存在なのか、というのが私の質問内容です」

先の女性記者は冷静に発音する。

「何か?とは聞かないで下さい。ここの環境は普通の学校からドロップアウトした生徒も大勢います。そして、大学進学という偏差値競争と強いて挙げればスポーツの推薦しか進学先を選ぶ材料のない受験生に、ここに来れば国とは何か?国民の幸せとは何か?自分が生まれた意義とは何か?が学べると云っています」

「だからそれは私の質問の答えになっていない!」

「学園は選挙管理・運営しか行いませんが、被選挙権は選挙権と同じで、12~23歳の東京23区に現住所がある者、です。いきなり10代の若者にこの23全区長選挙に立候補せよ、という気はない。でもこの学園に来れば、学べます、その手段と方法を!」

後にこの選挙権は、23区内の学校や職場に通う都外の12~23歳にまで拡大される。

「それは何かの選挙管理の法に触れませんか?」

「23全区長という出来たばかりの概念にどう法律が適応されるのか?逆にお尋ねしたいくらいです。23全区長は任期がありませんが、23歳になった時点でおしまいです。だから長期化して独裁なんてありえない。23全区長も、選挙に関わった者たちもともかく23歳迄なのです。その後は就職したり、結婚したり、衆参でも・地方の市議会でも又政治に参加するでもいい、普通の生活を営んでもらえばいい。あなたたち大人は10年後、いや5年後には思うでしょう。『私たちの若い頃に23全区長制があったなら』と」

「理想は立派だとよく判りましたが、そんなあやふやな観念を振り回しても、立候補者や投票者はあらわれませんよ」

「示しますよ、私が。私は23全区長に立候補します」

美香は、この会見でいちばんの云うべきをようやく発言した。

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