第33話 ハンニバル 3



    3



竜馬の背後は壁なので、ハヤテの飛び蹴りをかわすには左側に逃げるしかないのだが、そここそ音矢の撃った二発の弾道である。

だから竜馬はハヤテの蹴りをくらうことにした。

なんのアタッチメントも着けていない。

腕の表側を両腕共前方に差し出した。

弾丸の軌道と次の音矢のアクションが気になり、竜馬は脚の固定で力を入れる際にスリップした。

その動作なに勢いが付いていたものだから、常態が崩れた。

それは何故かを説明する前に、ハヤテの蹴りがこめかみにヒットした。

倒れる竜馬。

ハヤテも頭脇という想定しない箇所に充てたことで、地面を転がる。

そのハヤテを音矢が抱きかかえる。

「拳銃、嫌いなんだよ」

「敵の敵は味方だ。手段は選んでられないよ」

と撃たれてエンマコンマ化したハヤテに音矢は答えた。

「あんたはあのデカブツに何されたの?」

「いや、何も。だが用件はある。その身体のヤツに出会ったことあるか?」

「無いな」

「俺もさ。今夜あんたら二人と会うのだが初めてだ。だがそこで転がっているおじさんはもう何人も知っている」

音矢の真意を聴き、ハヤテが立ち上がり、竜馬の元に近寄る。

「あんた、足を滑らせのはオレやあいつのせいじゃなくて、何か後遺症だろう?」

ハヤテの云う通りだった。

足立からホテルで受けたショットガンの弾丸二発のせいで、どうも下半身と右脚の付け根の調子がおかしい。

どこかの配線が断線したような感じだ。

だがエンマコンマの身体はブラックボックスだ。

X線も通さず、皮膚は切ればダミー血液は流れる。

外科手術めいたことを女性ならば斗美や有紀が行っていた。

男性ならばこの竜馬付け根の修復のため志願したが、開けて二度と戻らないことが考えられるため誰も手術をやりたがらなかった。

歌舞伎町の不良少年たちをサポートスタッフに教育しようとしていた理由の一つがこれで、いつまでも実戦ではなく、特殊詐欺グループ殲滅の折の訓練のように指導官の位置に就きたいと考えていた。

そのうち立っていられなくなる、それは脚捌きを必要とする今のような状態で多く起こる。

これは戦士として爆弾を抱えているようなものである。

「おっさん、肩を貸すよ」

「俺は20代前半だ」

ハヤテの誘いを竜馬が断るも、音矢が肩を支える。

逆の左肩をハヤテがそうする。

「わかった、わかった。男二人に挟まれたくないよ」

そんなことを云う竜馬だったが、少し嬉しそうだった。

少し無表情になった竜馬は誰かと話しているようだった。

「倒れている時にトレーラーに迎えに来てもうらうよう要請したが、それは許さないとよ」

「誰がそう云ったんだ?」

「あんたがさっき口にしたハヤタ斗美っていう女傑さ」

音矢とハヤテは斗美から招待されて、ここから数分で着ける歌舞伎町タワーの最上階VIPルームに招待された。

竜馬のような巨体が足を引きずると目立つので、受付スタッフが直ぐに裏手にあるVIP用エレベーターを案内してくれた。

47階に着き、ドアが開くと30代の女性が三人の到着を待っていた。

有紀である。

竜馬を支え、有紀が退くと美香がいて、二人をペントハウス内に案内する。

室内で待っていたのは斗美。

「ようこそ!エンマコンマ同盟へ!二人とも私たち見つからないで、逆に自分で網を張って私たちに肉薄したってことでしょう?素敵だ!歓迎するよ」

「僕の名は賀藤音矢。半年前に、その、今仰られたエンマコンマになった。あなたの部下に手を挙げたことは謝罪します。でもあの人を相手することは試験みたいなものだと解釈した」

音矢は斗美に跪いてそう云った。

「試験合格だよ。二人には我らの同盟に加盟してもらう。何を目的とするのか、最初に教えて欲しい」

「交際している女性がいます。そのために元の状態に戻りたいのです」

音矢が云った〈交際している女性〉とは弓のことだ。

週一のペースで今も会っている。

「それは私らの誰も克服できていない。でも私もその選択肢があればそうしたいと思っている。だからだから音矢さん、力を貸して欲しい」

「斗美さん。音矢くんでいい。さん付けはテレる」

恭順の意を示す音矢に対し、ハヤテは憮然とした態度を取っていた。

「オレはもう普通の身体に戻る気はない」

「セックスできなくても?」

こと投げに中学生のような身長とルックスの斗美がそう云ったので、ハヤテは少々狼狽した。

「このカラダの方が仲間を守り易いんでね」

「ケンカにはケンカ、女の子を守るためにケンカ、それでは何もならないよ」

こう返したのは斗美でなく、美香の方であった。

彼女は去年大検合格からの都内にある国立大学に進学し、今は二回生である。

専攻は政治学で、既に政治団体に入ったのではなく、政治団体を作っていた。

「うちにも元ニートやロリコンのエンマコンマ、半グレのインテリ元学生が大勢いる。さて、えーっと」

「ハヤテでいい。〈くん〉も〈さん〉もいらない」

「よし、ハヤテ!きみのところのキッズもさ、排除するでもなく、匿うのでもなく、正規軍にするんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る