第23話 椎名亜夜子 3
3
「あなたが藤谷さんね」
こう云うのは椎名亜夜子である。
年が明けて、直ぐ。
黒いコートにツバの広い、やはり黒い帽子をかぶっている。
云われた藤谷みゃーこは、「はい」とだけ答えた。
エンマコンマの身体はどこまで脳内の被保護者を再現できているのであろうか?
そのトレースぶりは身長・体重や細かい表情や仕草をも再現しているものだ。
だが、大人たいじんやカリスマが放つと言われている、所謂オーラはどうだろう?
それが先入観か、魅了する表情や仕草に基づくかは知らぬが、今ここにいる藤谷みゃーこは確実に椎名亜夜子から、そのようなオーラを感じていた。
深夜ドラマだが、彼女は最近主演を果たしている。
新卒で入社して、先輩上司、30代男性の下で励む新米OLの役だ。
ある日、ふとしたこから、ヒロインはその先輩上司が自分の小学生の娘に性的虐待を行っている証拠をつかんでしまう。
父子家庭で、母親はいない。
ヒロインは会社・警察・出て行った母親を相手にその娘を救うために奔走する物語で、最初は頼りない女の子が最終回では毅然とした態度で先輩上司との〈静かなる決闘〉に打ち勝つ。
その原作は漫画だった。
原作漫画の作者こそ、藤谷みゃーこであった。
春には2回生になる美大生、二十歳であった。
だが、キャリアはかなりもので、中三の時に同人誌即売会に初参加し、二年後には人気サークルになっていた。
所謂BLのジャンルであったが、読書家だったこともあってか、元ネタ漫画の設定を巧く生かして、短い物語に驚きのオチを付けることで、そこそこ話題になっていた。
扇情的にならないことからか、男性の同性愛者も購入していくこともあった。
何回か購入してくれるそんなカップルが小さい子どもを連れて買いに来てくれた。
「蒸発しちゃった姉貴の子なんだよね」
2人の青年は微苦笑を浮かべていた。
弟だから血は繋がっていると云えば、いる。
しかしパートナの男性はそれすらも、ない。
でも、家族なんだ!
とみゃーこは感動を覚えた。
そこで、「肌に染み入る悲鳴」、というTV原作のアーキタイプとなる非BL短篇を即売会で出したら、大手出版社から連絡が来て、即長編化・連載が決定した。
当時、みゃーこは美大の受験もあり、この繁忙期をどのように乗り切ったかというと、エンマコンマ化であった。
睡眠不足と過労のため、受験諦めて連載一本に絞ろうかと、立ち入り禁止の屋上に抜け穴使って上り、煙草を喫みに出て、柵の向こうにライターを転がしてしまった。
推しキャラのレリーフが刻まれた黄金色のライターを取りに柵を上ったが、睡眠不足と過労で、そのまま10階のマンション屋上から転落した。
生きていて驚いたが、それより、寝ないで済む身体になった方が驚きで、特に原因など調べることもせず、受験のため、脳を休ませて、オートメーションで身体は動かすが、記憶には定着させる、逆に創作時には、作話や演出といった個性が出るものは脳の働きが活発な時に描き、ルーティンワークはオートメーション化を図った。
みゃーこはどのエンマコンマ使いよりも、エンマコンマの自動操縦に長けた存在である。
これにより、彼女は受験を現役合格し、順調に連載を続け、入学時には単行本の2巻を出せたし、同人活動も休まずに行えた。
周囲は絶賛の嵐だったが、みゃーこはこの時にようやく気付いた。
―ああ、そうか、もうふつうの身体じゃなくなったから、ふつうの人生送れないから、見ないようにしていたんだ。
それでも3巻で〈悲鳴〉を完結させ、「このコミックを買え!」では総合3位となり、TVドラマ化も決まった。
好きな脚本家の小林雄次が全話書くのでかなり楽しみだった。
実際に視聴率も評判も良かったのだが、みゃーこには一つ気掛かりなことがあった。
―この主演女優さん、私と同じ、だ。
先のオーラもそうだが、エンマコンマ同士はエンマコンマと見分けられるのであろうか。
だがみゃーこは見分けられたのだ。
漫画家特有の集中力と観察力のせいかもしれない。
ともかく原作者である利点を生かして、公式のアカウントではなく、信頼できるスタッフに連絡先を渡した。
先ほどからエンマコンマと書いているが、これはみゃーこが亜夜子や斗美、沙也と仲間になってから聞いた名で、この頃は〈このカラダ〉とか〈つくりもの〉と呼んでいた。
亜夜子には最初に社交辞令を交わした後、迷ったが、「小さい本当のからだは頭の中に、にせもののからだはとても頑丈」と送ったら、「ぜひ、みゃーこさんにお会いしたい」と二人はここにこうしている。
「私より背が高いですね」
嫌味でなく亜夜子はそう云った。
「亜夜子さんの方がめがねをかけているし」
トレンチコート姿のみゃーこはそう云った。
実際、みゃーこは170弱の身長で、ボブショートで、精悍な印象を抱かせた。
―これは、斗美とも沙也とも私とも違うタイプの女傑だな。
2人は最初期からお互い良い印象を抱いたのだ。
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