第22話 椎名亜夜子 2
第五章 椎名亜夜子 2
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そして斗美と亜夜子がユニット開発と共に急いだことはエンマコンマ仲間の獲得であった。
今回の銀行強盗退治で、自分たちの能力があれば、その他の犯罪や社会問題を解決できるし、又それを二人はしたいとも思っていた。
斗美は自身が起業家であるから、社会への協力という観点を偽善でなく、義務のように考えるクセが昔からあった。
だがそれに専念して、自分の会社が危機に堕ちたり、なにより自分らエンマコンマの存在が世間に知られることを恐れていた。
亜夜子が小学校の子役時代から芸能界にいるので、若い娘とはいえ斗美の考えがよく理解できた。
その約10年の芸能活動で、私利私欲で動く大人の多くが自滅することを知っていたし、だからといってそんなクズに関わるとロクなことにならないことも理解していた。
経験上にあてはめるとアレゴリーに少々のズレが出ることも亜夜子は承知していたが、そうそう遠からずとも思っていたし、斗美もその理解で間違いないと思っていた。
仲間の方であるが、二人は致命的なミスを犯していた。
二人とも海での水難事故でプロビデンスに魅入られ、エンマコンマ化したので、海難事故から生還した者を探すことに専念してしまった。
これがサンプルが少ない弊害であろう。
当時、斗美らのエンマコンマ組織は港区某所屋上のペントハウスにあった。
簡略化されたユニット機器の開発スペース(メインの工場は京浜東北線沿線の蕨にある)もあり、かなり大きなサーバールームも併設され、さながら派手な秘密基地という語義矛盾のような空間だった。
洋二の称したミダスというパンター(洋二が呼ぶクレゼンザ)の能力により、財産は無尽蔵に使える。
ただ国をも動かす数兆円を使うと自分の存在がバレるので、作中ではこれからもそれ程の大枚を動かす者は登場しない。
洋二はネット内に残留する1円以下の金額をかき集めて資金にし自転車操業でその資金を使ったが、斗美と亜夜子のチームは口座に金額を移すだけでその利子を運用に充てている。
これはどちらも厳密には犯罪なのだが、この微妙な差異が後々影響してくる。
斗美は実際の自分の会社を持っていたので、エンマコンマとしての預金を会社への融資としても運用していた。そしてエンマコンマの能力で自社と浜野らの企業をバックアップすることで更に収入を増やしたのである。
それにエンマコンマ化したことで、ただでさえ鋭く・高い発想力が、更に認識が各段に変わり、その意識で会社経営を更に革新させた。
亜夜子の方は、その年齢のワリには女優業で貯蓄はあったものの、そもそもが人前で演じる歓びから続けている仕事なので、ミダスの能力に左右されることなく、芸能活動に勤しんだ。
ブレーン三人組の浜野からこんな話をされた。
「アルバイトを雇って、ネット内を周遊させていましたら、こんなものに出会いましてね」
『離人症と思ったが、身体じたいが脳内に入っているらしく、檻の中にいるようだ』
『死線を彷徨っていたが、目が覚めたら、身体は健康そのものだった』
『私を殺そうとしたものがいるが、証拠もなく、自分にも落ち度があるので、誰にも相談できず、ブログで愚痴るしかない』
と、こんな内容だった。
パンターの機能は単語や語尾は速攻に抽出できるが、こういった不条理ポエムまでを詮議できない。
斗美と亜夜子はブログから瞬時に入力された端末を特定できる。
「二浦沙也!」
と亜夜子の方が数秒早く見つけたのだ。
ブログを熟読するとその死線をまたいだのは半年前で亜夜子の同じ時期だ。
引用した文言はその半年間から恣意的にチョイスしたものである。
「どうやって話すかな。アヤの時みたいにいきなり電話はこういう追い詰められているひとにヤバいよね」
「その上、引きこもりっぽいですよ、この人。あっ、でも、かき氷の写メをアップしてます! しかも毎週水曜! マンゴーのかき氷だから、ここ、表参道ですよ!近いですよ!」
そして明日は水曜日だった。
「では、私が生きているのではなく、もう死んでいると?」
危なげな内容のブログを書いている女性とは思えない。二浦沙也は切れ長な目が印象的な令嬢であった。
「いえ、脳内では生きているんです」
この説明を納得させるのは骨が折れるのだ。
自分で気づかねば斗美も理解できなかったであろう。
かき氷屋から、斗美行きつけの中華料理店の個室に、亜夜子と三人でいる。
「ずーっと部屋の中にこもっていたから、誰からも注意されなかった。でもお二人と違って私は死ぬような目に遭ってないのです」
「それがあっていたのですよ」
「確か、誕生日の時に同居している恋人の手料理を食べて具合が悪くなった、と」
「ええ、汚い話だすけど、トイレに何度も駆け込みました」
「多分、毒が盛られていたのです」
「恋人ですよ」
「その恋人、略奪愛で得た方ですよね。そして取られた相手が自殺したそうで、それで急に憎しに変わったそうです」
「なんで、そんなことを知っているの?」
「聴いたんですよ、別れた千冬さんに」
「それはおかしい。千冬はずっと看病してくれた。何度も私の料理のせいで、ごめんなさいって」
「医者には連れて行かなかったんですよね、千冬さん」
「千冬の罪になったらたまらないから。でもその後もかいがいしく家事をしてくれて」
「だから出ていったのですよ。何度も毒物を混入して死なないから。これがあなたがもう普通の人間ではない示唆なんです」
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