第21話 椎名亜夜子 1



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都内のとある銀行、15時ちょっと過ぎのこと。

ナイフを持って行員や客を威嚇する男がいる。

都下にある小規模な信用金庫だ。

だから外を歩く人は誰も気づかず、既に営業時間は過ぎているので入ってくる者もいない。

だが支店長は人知れず、警察への直通でこの異常事態を報せていた。

警察は人知れず動き、配備の準備に追われている。

その警察のやり取りをパンターの〈ポインター〉機能が傍受した。

以前より、この手の現行犯で捉えられる犯罪者を見つけるために、官憲の通信網をマークしていたのだ。

行内の様子が防犯カメラを通じて、ダイレクトに斗美と亜夜子に送られる。

「刃渡り10センチくらいだし、大丈夫に見えますがね」

「でも、こういう場合、強行突破って選択肢はないんでしょう?」

「あまり聴きませんよね。では当初の予定通りに」

「警察が5分で到着するから、それまでにね」

斗美の姿は向かいの雑居ビルの屋上にあった。

自分ひとりでならば、ただでさえ小柄な彼女だから、エレベーターも螺旋階段も上がってこれたのでそうしたが、ライフル・アタッチメントの銃身が2メートル近くあるので、どちらの手段でも持って屋上まで上がるのは難しい。

そこで、亜夜子に持ってきてもらう計画だ。

15:10。

トレーラー天井部から亜夜子がゆっくりとホバリングして現れる。

これは両腕脇から出た2本レバーで操るもので札幌に行くのに斗美が使ったものが長距離移動のジェット・ユニットだとすると、垂直離着陸機の用途に近いためイヴィトール・ユニットと呼ばれる。

無骨な2本のレバーなど、直接にAI~パンター経由で操作させれば、いらないハズだが、女優である亜夜子は身体にソケット穴を開けるのにためらいがあり、斗美もそれを許している。

ちなみに半径500メートル以内であれば、デジタル撮影に限り、斗美や亜夜子らのような存在は画像も動画も撮影できないとブレーンたちとの検証で照明されている。

おそらく対象として測定された時に像として取り込まれた時点で、感知し、昔のVHSテープのコピーガードのようなものが働くらしいのだが、その「像として取り込まれた時点」をどんなメカニズムで察知しているのかはブレーンたちの検査でも判らない。

「多分、この身体は絶えず、その半径500メートルくらいの電子機器に干渉しているのでしょう」

「この身体、とは、エンマコンマの身体」

亜夜子が斗美に聞き返した、謎の瞳~プロビデンスから与えられた、電子戦とネット操作に特化され、圧倒的な身体能力を持つカラダ~エンマコンマは斗美が浜野や澤井らブレーンと話し合ううちに、「同類」や「素体」とか言われていた概念を名付けたものだ。

閻魔大王からコンマ数秒で逃れた者、の意味がある。

エンマコンマの身体は絶えず周辺のデジタル機器にポスティングしている状態にあり、何かした感知したら、干渉できるようになっている。

だからフィルムカメラや8ミリカメラでは撮影可能だと実験結果が出ている。

それと目撃するデジタル機器に干渉できるのは50端末くらいで、それ以上だとカバーできないようで、画像が少しづつ鮮明になっていくことも判っている。

だからトレーラーの天井部を開けた場所は、鬱蒼とした樹の下であった。

距離は約300メートル。

亜夜子は空気抵抗をあまり感じないような素材のスーツを、斗美と同じく着ている。

垂直移動の後は早く数秒で斗美の待つ屋上に着いた。

そのライフル・アタッチメントを受け取った斗美はコードを引き延ばし、脇腹にあるソケット穴に差し込み、銃身を向かいのビルの一階に向け、引き金を引く。

ちなみにパンターが照準を定め、撃った後の反動や狙撃後の対象がどんな角度で飛ばされるかもパンターの仕事なので、引き金さえ引く必要はないのだが、これは儀式のようなものだ。

犯人がナイフを持つ方の右の肩に着弾し、男たちの数人が馬乗りになる、その異変に警察が突入する。

この混乱に乗じて、来た時と同じようにライフル・アタッチメントを持つ斗美を亜夜子が支え、イヴィトール・ユニットで静かに降下していく。

街中の飛行、亜夜子のように斗美もイヴィトール・ユニットが欲しいものだが、現在は未だ1台しかないのだ。

だが亜夜子が来てくれたおかげでユニット生産の研究は飛躍的に上がった。

現在、7種のユニットが制作中である。

斗美としても亜夜子がきてくれて本当に感謝している。

まずは自分の身体を被験として使うのだから、ブレーンの中に反乱分子がいれば、何をされても対抗できないのだが、同じエンマコンマがいれば、同族として監視役がお願いできる。

亜夜子にしてみれば、突如の大事故に自分が超常の力で復活するというダブルパンチで精神的におかしくなっていたところを斗美という先達に救われたのだ。

斗美は亜夜子にエンマコンマとしての能力や装備、気を付けることと社会で馴染むこと、自分が開発したユニットに関して惜しみなく伝えた。

女優という職業があっても未だ18歳の女子大生、亜夜子は斗美を慕う。

そのやり取りの中、ユニットの実地運営を兼ね、その一般社会へどの程度にエンマコンマが介入してよいものかの社会学的考察のため、警察を張り、今回のロングショットとなったのだ。

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