第20話 早田斗美 5



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美香の相談事なんてパンターの力を持ってさえすれば、数秒で終わる。

美大生なのに社長として成功し、なおかつ他の人類は死ぬまで決して知る事すらない超常の力を手に入れたのだ。

いわゆる家庭の事情なんて歯牙にもかけないと斗美は思っていいハズだった。

―あの子、私と同じ、親から心底嫌われるタイプだな。

そんな気付きが、斗美には美香を忘れ難いものとしていた。

だが美香のことを当面、斗美は忘れることになる。

一つ、自立型飛行ユニットがこの往復飛行で完成と判断されたのだ。

しかもマッハ3も出て、既に着手しているが、運動性と軽量化は更に進歩するであろう。

海中にトラウマがある斗美は未だ試していないが、水中用ユニットは既にできており、パンターと連動して40ノットのスピードで水深1キロは行けるらしい。

そう、なにしろ有機物は使われているだろうが、斗美の身体はロボットのようだから、水圧は関係ない。

飛行中の抵抗感もそれこそパンターにより神経切断すれば、プールを泳ぐ程度のものとなる。

ユニットでいちばん難しいのが飛行用ユニットだったので、後のパーツはた易かった。

浜野は実はレールガン・アタッチメントを開発していて、それを斗美に怒られると思い、隠していたが、隠し通せるワケでもなく「いいんじゃん、試射しよ!」と海外まで行って、某島で試し撃ちしたが、まさに「快感」のレベルだったと斗美は述懐する。

これも体内にソケットを差し、パンターに完全制御させ、同時に、民間人等の被弾させたくない者(物)が急に現れた場合、斗美の意思で切断できるようにしてある。

洋二の場合に出た爪や髪の毛を変化させたソケットを周辺機器との接続を初めは斗美もしていたが、レールガン・アタッチメントやジェット・ユニット程の高出力のアクセサリーを付けるために、逆に、脇腹や背部にソケット穴を開けた。

おかげで斗美の身体にはユニットを接続するためにソケット穴が九か所に空いている。

普段はプラスチック製の栓でふさぎ、化粧でごまかす時もあるが、たいていは服の上にあるくらいの配慮を矢部がしてくれたので、そんなには気にしない。


それに斗美はもう交際相手を作ることをしなくなっていた。

「斗美ちゃん、〈同類〉を探してみないか?」

浜野がスタッフを代表して云ってみた。

斗美は、ちゃん付けで呼ばせている。

スタッフからすれば、斗美の身体は一つだけだからユニットを他の者でも試したかったし、なにより素体として他の者に違いがあるかを知りたかった。

斗美の方もあの熱海の海中で見た、目玉の正体が知りたかったし、自分と同じ立場のニンゲンに会いたかった。

実はパンターには既に探らせていて、あの浜辺で生き返った者、貝殻に目玉を見た者、急に羽振りがよくなった者を追わせて、いちいち検討したが、該当者ナシと判断する結果となった。

もうちょい広い範囲で探そうと思っていた矢先であった。

「あのー、確実にそうかと思われる女の人がいますけど」と澤井。

『椎名亜夜子 遭難事故から奇跡の生還!』

新聞の見出しであった。

以前のこの件に関する見出しは『連絡船、座礁の上に沈没』だったが、これが既に一週間前のものだ。

映画の撮影に国内の某島でロケに行ったクルーの中にいた椎名亜夜子は行方不明とされていたが、水難事故では一日が限度と言われる中、彼女は一週間生き延びたのだ。

しかも浜に打ち上げられたのでなく、船の破片につかまり、身体を海中に半ばひたしたままのところを救助されたのだ。

会いに行きたい!と思った斗美は彼女にまつわる情報をかき集め、入院先の病院を捜した。


家族や友人たちの見舞いを受けても、気が晴れることはなかった。

なにしろ亜夜子は仕事仲間の大半を失ったばかりなのだ。

自分が生き残ったことの罪悪感が彼女の心をむしばんでいた。

休学中の大学に戻り、もう芸能界は引退しようとまで考えていた。

こうやってベッドの中にいることが、これからの判断に対しての執行猶予になっていたのだが、それも長くはなかろう。

異常ナシ、だから。

医師たちはフシギがっていたが、自分でも判らない。

亜夜子はあれほどのショックとトラウマからか、離人症のような現実感の喪失のようなものを感じていた。

勿論、それは違う。

投げ出された海中であの瞳~プロビデンスに見つめられ、身体を小さくされ、コピーした有機ロボットの脳内に亜夜子本人は格納され、その脳内で延命治療を受けているのである。

血液検査やレントゲン等のひと通りの医師たちの調べは受けたのだろうが、このような町医者レベルの設備ではそれがダミーの身体だとは見破れない機能が付与されているのだ。

ここは病院である。

だからスマホが鳴った時に亜夜子は急いで出た。

非通知であるにもかかわらず。

「椎名亜夜子さん、私は早田斗美と申します。いきなりの通話を失礼します」

「どっかでお会いしましたでしょうか」

「いえ、拝眉は未だです。ただ私はあなたの出演した『二人の失楽園』と『任侠は小太刀で勝負する』が大好きです」

「あ、どっかって、思い出しました。早田さんはカドリールの早田さん? あの『マーブル・トロン・ダイナスティ』の? あのゲーム、かなりやりこみましたよ!」

「どのシナリオがいちばんお好きですか?」

「アセファルです!」

お互い、ファン同士であった。

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