第19話 早田斗美 4



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違和感は当初から感じていたが、あの嵐の海から生還したのだから、それくらい当然と斗美は考えた。

実際、病院で精密検査を受けたのだが、奇跡的になんともないと判断。

(後に斗美は、すると私の体内は見られないように、迷彩のような仕掛けが施してあるのだなと人心地ついたことがある)

都内の自分の部屋に戻ってもその違和感は消えず、当分、サウナに入ったり、散歩して過ごした。

そうこうしているとカレシが訪ねてきた。

最近、斗美は起業家たちの会食に招かれていて、そこで出会ったアパレルでそこそこの年収を稼いでいる20代後半の男だった。

そういう男だから、かなりの自信家である。

だが、彼はその日だけ勃起不全となっていた。

早々に帰宅し、以降連絡が取れなくなった。

―そうか、私の身体が別のものに変わったって、判っちゃったんだ。そりゃあ、判るだろうね。

あの遭難した夜以来、禁酒していたが、飲んでみるの比較的弱い自分がまったく酔わないことにも気づいた。

こうなると探求心が強い斗美である。

以前洋二が試した以上の人体実験を自分の身体に課してみたのだ。

(以前と入力してしまったが、洋二が目玉=プロビデンスと会うのはこれより6年後のことである)

―端末を使用しないでサイバースペースに入れるって無敵じゃん!もう金に困らないじゃん!

―運動音痴の自分がこんなにジャンプできて!こんなには早く走れるのか!

自分じしんはこの入れ物の脳内に縮小して収められ、それを脳波でロボットアニメのロボットのように動かしていることにも気づいた。

その時に、そのコクピット部に座るという意識の転換も覚え、洋二が名付けた〈シンクエ・クレゼンサ〉という存在に彼女は「パンター」と呼んだ。

いったい脳内の自分がいつか復活し、元の大きさに戻れるのか?

そして普通に結婚して、出産して、その子どもたちと年を経るという経験はできるのか?

そういった人間らしい苦悩が彼女の中であふれ出ていた。

だが、それはそれとして、

―せっかくこんなカラダになったというのに飛べない、ってどういうことだよ!?

とも考えていた。

コクピット部ではパンターより説明を受けたがやはり飛行機能はないらしいと諦めたが、いや、前から私はそれを飛びたかったのだ!と決心して、空を飛ぶように粉骨砕身の努力を開始した。

ジャンプの練習?いや、彼女はプレゼンテーションを始めたのだ。

この身体には、飛行能力はない、だが、この身体は人工物でかなりの性能を誇る、故にこの身体にユニットを付けるというカタチで、空を飛ぶことは可能ではないのか。

そもそも飛行機というカタチではヒトは空を飛んでいる。

それは老若男女も、人種や体格も構わず、乗れるからだ。

しかし単体ではそうはいかない。

1984年のロス五輪から最近の英国海軍のジェット推進力で飛ぶロケットマンは約40年かかっても進歩が見られなかったのは、汎用性が低い、ひいては人体相手だから弊害がヤマとあったのだ。

だが今の自分の身体はサイボーグというか、ロボットなので、これはどう改造してもなんら問題はないだろう。

起業家たちの会合で出会った中に、軍需産業にも手を出す者とパワーローダーというのだろうか外骨格機器を扱うエンジニア集団のボスとナノマシン等の医療産業で起業を進める者がいた。

彼ら3人のコネと知識と能力が必要だった。

そこで3人の口座に、パンターによって集めさせた10億円をそれぞれに振り込ませ、手付金とし、彼らにマウントを取ることにより、斗美ちゃん飛行計画を実施させた。

「お持ちしました」

これは兵器開発会社を外国に持つ浜野。

持ってきたのは他国が開発したジェットスーツだ。

早速試してみたが、燃料パックがスペースを取り過ぎていたし、これ以上燃料を使わないと推進力も出ないと判断。

だが、よく判らぬが、斗美の体重はそのままだが、明らかに以前の肉体より、エネルギーと力は倍増している。

そこで自分の身体から直接にエネルギーを取り、推進力に回すことはできないものかとエンジニアの矢部と医療機器の澤井が直接繋げる算段を立てた。

斗美は、この浜野、矢部、澤井の男たちのために政敵を取り除いたり、欲しい情報をなんでも与えた。

それはパンターに頼めば直ぐ済むことであった。

そういった斗美の働きは、彼らからすると超常の力に見えるので、斗美を崇めていた点も確かにあったろうが、彼女の身体はこの科学の専門家からすれば確実に宇宙人によるオーヴァーテクノロジーとしか思えなかったので、どんな科学者よりも自分らは最先端にいるという事実が彼らを更に鼓舞していたのだ。

潤沢な資金に3人の優秀な起業家兼科学者の頭脳を持ち合わせても、半年以上かかって、ようやくジェット・ユニットを開発した。

4時間の連続飛行は確実に可能、と3人が結論付けた。

「札幌までが片道90分だから、テスト飛行としゃれこみますか」

斗美は真っ昼間に決行をするのだが、旅客機よりも更に上の4万フィートを飛び、百キロ圏内に自分以外の侵入物体が現れたら、直ぐ判るようにレーダーがあるのだが、これは浜野のところのエンジニアが付けたのでなく、パンターの標準装備であった。

つまり、斗美は財力と経営手腕とブレーンによって、この早い時期に複製生体の能力を十二分引き出せていたのだ。

その実験日の何日も前から、何か目的が欲しいと思った。

だがこの身体では温泉や飲食はつまらない。

―どうしよう?

「遠いところをすみません。ハヤタさんは東京にお住まいなんでしょう?」

「いや、いいんだ。実験のために遠出をしたかったんだよ」

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