第18話 早田斗美 3



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斗美だって、デザインやシナリオでやりたいことがいっぱいあったが、最小限にとどめた。

最小限とは「カドリール」ブランドと違うベクトルに行く時の修正レベルということだ。

ユーザーに、アレ?コレいつものとノリ違くね!?と思われないようにすること。

実際に斗美が行ったことは、そのブランドの維持と、進捗状況のチェックと、金回りの統括だった。

数ヶ月の飲食店業務で、斗美は人を使うことの重みと経理の重要性と全体を見渡す者の必要性に気づいた結果がこの三つだった。

だが信じられないことにそれでも横領や着服するものは現れた。

絶対にやらないだろうという者がやったし、方法や手段も様々だった。

百万を超えるレベルはなかったから動いてもらっていないが、その度に斗美は警察は相談には行った。

相談にいく体で履歴を残すことと抑止力にすることが狙いだったのだが、功を奏し、犯人たちは自発的に消えて行ったのだが、同じ大学だから会うこともあるワケで、気まずいのはお互い一緒だし、むしろ原因が金をくすねた方にあるとして斗美はみんなに気にしないように促した。

確かにその逆恨みでネットや校内に根も葉もない噂は流されたが、反面、その成功と裏切者へリゴリスティックな態度から学内企業カドリールには更に新人たちが集まってきた。

初夏に出した2本めは夢落ちを限界まで突き詰めたSFで、こちらもよく売れたし、コミケット直前に多くのユーザーがカドリールブランドの二次創作に手を染めた。

そんな右肩上がりの状況で、みんなでバカンスだ!社員旅行だ!という話になり、メンバーのお大尽の子息がだだっ広い別荘を開放する!と行ったので、旅費と飲食代は経費として落とすことになり、自動車4台で東海道をひた走った。

8月の初旬、つまり先週、ようやく斗美は二十歳になった。

ワンマン社長は二十歳の女子美大生なのだ。

その行きの社内で、既に酒を飲み始めた者らがいたので、斗美も飲んでみた。

斗美は店長が妻子持ちが発覚した時、直ぐに別れたように、妙なトコに潔癖で、成人するまで飲酒・喫煙は控えていただ。

煙草はまずかったから直ぐにやめたが、酒は相性がよく、初心者にしてはよく飲み、業務用10リットルのサーバー用缶を何本も既に送ってあり、浜辺でのバーベキュー時に飲む予定だ。

ところがその予定が崩れた。

台風一過のため、昼間の天候がウソのように暴風雨となった。

まぁ、今日から三泊だ、明日以降なんとなかなるとみんなは思っていたが、斗美は昼間から飲み始めていて、この出鼻をくじかれた天候にえらくご立腹だった。

酔っ払いとは騒ぐ、説教する、陽気になる、黙る、泣く等のクセを持つものだが、今日この日に斗美と酔った姿を初めて見たみんなは彼女のモードを知らなかった。

家族とケンカし・恐喝するように上京したり、初体験の相手と別れたかと思えば、それを元手に起業し、大成功するような女である斗美だから、その自分の破天荒な行動に歯止めがきかなくなるのだ。

「斗美ちゃん、いないよ!!」

と、誰かが大きな声で云った。

こりゃ、マズいとみんなで外に出ると、海岸に、釣り師が鼻という出っ張りあるじゃないですか、コンクリートで出来た人口の岬、その先に斗美はいた。

みんなが駆け寄ろうとした時に、そのコンクリートの岬に15メートル程の高さの波が襲った。

波が引いた後には150センチの斗美の姿はなかった。

「ええええええ!!」

みんなは半狂乱となり、叫んだ。

案外、仲間意識を持ち、結束は硬かったのだ。

何人かの泳ぎの得意な者はこの嵐で素潜りをしようとしたが、殴って止められたし、別荘の持ち主のお大尽の男子はその場でへなへなと倒れ込んだのは責任を感じたからだろう。

そんな浜辺でのみんなのやり取りを知らず、荒れ狂う海中に斗美はいた。

冗談ではないのは、波にさらわれた時に、後頭部を水中の岩石にぶつけたのことで、意識がその時には完全に跳んだ。

アルコールとその後頭部への衝撃で、恐怖はなかったのだが、彼女の最後の防御本能がこの周囲と身体の状況に抗うように目を覚ました。

―あ!ヤバいんだ!コレ、本当にヤバいんだ!

両手両足をバタつかせるものの、地と天の違いすら判らず、天然の洗濯機の中で翻弄されるだけであった。

―あ、あの路地の店のうどん屋、高校で実は両想いだったんだよと応えてあげたかったクラスメイト、やっぱり出てくるのかよと店長、両親と兄、ゲームのパッケージに二晩も仲間と徹夜した時に食べた牛丼の味、そのゲームがたったいち時間でソールドアウトした時のかちどき、って、あ、こりゃ、もうダメなのか!?

いわゆる走馬灯を走馬灯と意識した時に、斗美は水中の暗闇から手を伸ばし、何かを握った。

それは大きな貝殻だった。

フシギなことに、それを握った時に、自分は助かると斗美は確信した。

その貝殻はゆっくりと開き、中にある巨大な目玉が斗美を睨みつけた。

そして、次に斗美がいた場所は病院のベッドだった。

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