第15話 川嶋美香 5



    5



「お母さん、お願いがあるんだ。僕の初デートの前の日の夜、お母さんがしてくれたこと、今夜してくれないかな」

母親は「じゃあ、22時頃行くね」と目も合わせず、即答したが、口元が笑っていた。

緑児は美少年だったから、モテて、小学校五年生の時に、同級生の女の子とデートすることになり(その子のお父さんがスタッフとして参加した映画を観るという他愛ないものだが)、それは父親と美香にからかわれたのだ。

それを見守る母親だったが、その夜、緑児の寝所に潜り込み、フェラチオを始めたという。

エクスタシーは感じたが、未だ11歳、射精はしなかった。

その一回だけだったのは、それ以降、他所の女の子と二人で出かけることがなかったからだろう。

「緑児、来たわよ」

小声で母が囁く。

布団の中に潜り込み、パジャマのスボンとブリーフをいっぺんに下す。

そして始めるのだが、モノをくわえた瞬間に布団ははぎとられ、照明はつき、フラッシュがたかれる音が小さな室内にこだまする。

「アンタ、実の息子に、何しているんだ!」

「あ、な、美香に」

言葉にならない母親。

「おまえは緑児を虐待していたのか!?」

父親である。

「違うー! 違うのよ!」

母親は絶叫する。

「違うワケないでしょうよ。ほら、これ」

iPadで映し出された動画は布団の中をノクトビジョンで撮影させたもので、潜り込み、ズボンとパンツを下し、幼い陰茎をくわえる一連のアクションが映し出されていた。

「違うー! 違う~! 違う~! 違うのよ! フェイク動画よ!」

「いや、つい数秒前だろう。お父さんと二人で部屋の片隅で目撃したし!」

「離婚だな。清子」

今更だが、母親の名は清子である。

「清子ちゃーん! おしま~い!」

その美香の声に母親・清子は美香に掴みかかるが、父親がはがし、左手でスマホを操り、警察の通報。


美香の母親・清子は、小中高と仲のいい幼馴染の女子がいたが、その子は成績優秀・容姿端麗・スポーツ万能で、カリスマ持ちだったのだが、その取り巻き・引き立て役に甘んじていたと鬱屈していた清子に待ち伏せされ、鉄パイプで殴られ、今でも障害が残っている。

母親にしてみれば、美香はそのカリスマ幼馴染の生き写しで、ハヤタからの報告書にある写真を見ると確かに似ていた。

(すると無意識で母親はそのように美香を育てたのか)

この傷害事件の発端は、高校卒業後の数年後のことで、そのワケは清子がその幼馴染のボーイフレンドを寝取っていたことによる。

いや、幼馴染はそれを以前から知っていたのだが、口にはしなかった。

群がってくる男子を直ぐにカラダを開くことで惹く清子を悲しい存在としか見ていなかった。

幼馴染がカレシを持つことは清子と共にした在校時代はないし、それ程好きな人もいなかったのだ。

清子は唯一の反逆として、寝取ってやったと思っていたが、それは男子にごっつぁんですとお礼言われるだけの行為でしかなく、清子はそれを卒業後に知り、凶行に及んだ。

心神喪失の判断から執行猶予はついたが、実家と地元とは疎遠になり、川嶋氏と交際が始まる(氏が知る清子の過去はかなり捏造されたものとこの緑児の事件以降に聴くことになるのだが)。

その過去の事件、そして美香はあの日のポシェットをずっとジップロックに入れて保管していたため、指紋が付いたそれを「母の手引きしたレイプ未遂犯も捕まえて下さい」と官憲に渡し、実刑をくらうことになった(勿論、その男も)。

これで美香は学園生活を活発に再開させた。

悶々としていて身が入らなかった学園祭に変わり、特別なクリスマス会を開いたりしてみた。

思い足枷がようやく外れ、美香は自分が躍進していることを肌で感じた。

そして一学期の終わり、会長選に出馬したのだが、かなりの大差をつけて、美香は敗北した。

敗因はあまりにも母親の犯罪が酷過ぎたことに起因する。

だから、美香を見守るために、皆でイベント等で元気づける努力をした。

だからといって、あの極北の家の娘に名門校の会長をやらせるのは如何なものかと誰もが思っていたのだ。

鬼女の娘であると同時にその鬼母を退治した女。

そう、美香はもう好奇の目でしか見られない。

いや、むしろ、鬼畜とはいえ、実の母親はあすこまで見事に潰した手腕こそ評価されるべきなのだが、それを美香じしんが云えるワケはない。

多くの人は思った。かわいそうな子、それが美香と緑児に貼られたレッテルである。

父親は上司の配慮か、他の役場に転勤となる。

「緑ちゃん、ごめんよ、私があんなことをさせてしまって」

「いやぁ、いいよぉ、僕だって、スカッとした」

緑児は微苦笑で答える。

「私、家出るわ、学校も辞める」

もう父親には話しており、妻のことで負い目があるためか、数百万を受け取っていた。

大検予備校への入学手続き書を取り寄せ、ハヤタには上京すると連絡した。

「わかった。でもメールしてもいいよね」

「勿論」

「お姉ちゃんは僕の誇りだ。お母さんがいたから言えなかったけど、小学校でも高校でも男子相手に政治力を発揮して勝つ!なんて、ずーっと凄いの思っていた」

「いや、今回負けたから逆都落ちだよ」

でも、美香は嬉しかった、弟にそう云われて。

しかし弟はそう云うが、付いて来てくれる友達なんて、いなかった、損得の関係でしかなかったのだ。

―まずは真の連帯、次に親や環境はどうあろうと平等である関係、その上での革新、東京に行っても私のやることは変わらない!

美香、17歳の、夏のことであった。

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