第16話 早田斗美 1



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そうとう美味いぶっかけうどんの店が、斗美の通学コースにあったのだが、バズったらしく、下校時間の16時という混まないハズの時間でも並ぶようになったので、彼女は心の中でため息をつき、「もうこの街にいる必要はなくなった」とこれも心中でつぶやいた。

斗美は読書が好きで、着飾るのが好きで、食べるのが好きで、女子校のそのクラスでは一目置かれていた。

イケてるコたちからはそのファッションセンスを、おたくのコからはゲームの最速クリアを、ヤンキーっぽいコからは度胸をそれぞれ買われ、クラスのリーダーとか中心にはいないが、食客のような立場にいた。

例えば、学園祭の折に、面倒な飲食店を避け、皆が研究発表でお茶を濁そうとした時に、その題材に、TVアニメ60年の歴史、と斗美は言い出し、どんなクラスメイトもTVアニメは観ていた過去を持ち、担任の女性教師もここで谷口悟朗監督作品が大好きとカミングアウトし、いいね!それで行こう!という運びとなった。

すると生徒たちの家族も協力してきたし、ただ発表するだけじゃつまらないから、コスプレもしよう、ということになり、会場には渾身のパンフレット(しかも300頁)も用意し、1日目で既に長蛇の列を作り、2日目には地元のローカルTV局が取材に来て、3日目の最終日には本年度の学長賞を授与された。

音頭を取るのは学級委員に任せ、資料集めはおたくのコたちに頼み、斗美はレイアウトに凝り、コスプレ衣装の調達をし、パンフレットの編集に勤しんだ。

マニアックでも、学究的なスタイルでもなく、私たち女子高生が今観ているアニメのオリジンはどういうものなのか?という素朴な疑問から端を発したその展覧会は見に来た客には新鮮で、教師たちのうけもよかった。

こういう自分のセンスを生かせることは面白いものだと気づいた斗美は将来その方向に行こうとなんとなく思っていた。

自作PCを中学生の時には作っていたし、ゲームを解く以上にプログラムやシナリオに興味を持っていたので、理系の成績もよいから、理系の大学で地元にいい学校があったので、そこに進学しようと思っていた。

斗美には二つ上の兄がおり、進学の折に地元を離れたが、一回生の夏休みに帰省して以来、実家に居続け、そのまま退学した。

親も最初は注意したが、以前より長男には甘かったこともあり、アンタッチャブルな存在になるのは秋までかからなかった。

斗美は学校では人気もので、なんでもこなすので、コンプレックスまみれの上に都落ちしてきた兄は目の敵にし始めた。

すれ違い様ににらまれるくらいならばよかったが、入浴中に脱衣室で兄の気配を感じたり、就眠中にドアの向こうにもいるようで、あの穴場のうどんも食べられなくなったので、斗美は進学の折にこの街を離れる決意をした。

勿論その決心の前に両親に兄のことを相談したが、気のせいとか偶然とかごまかされたので、証拠となる監視カメラの映像を撮り、合格の時にその画像を両親に見せ、「進学したら当分帰らないので、卒業までの学費と家賃だけはお願いします」と言い、実際にその通りにした。

地元から上京への進路変更にクラスメイトどころか後輩の幾人かが泣いた。

十三人の女の子から告白を受け、美人ではあろうが、身長が150センチだし、とモテることに驚き、同時に、ああ、私って愛されていたんだな、ともっと交流しておけばよかったと後悔した。

証拠は握っていても両親を納得させるような大学に入ること、学園祭のレイアウトが楽しかったことで、美大を志したが、さすがに秋からでは準備不足だったので、油彩には落ちたのだが、デザイン科には滑り込むことができた。

その約半年の集中力と実行力は鬼気迫るものがあったのだが、家庭で居場所がなかったので、むしろ命がけで取り組めるものが欲しかったので、ちょうどよかったのだ。

で、大学に入ったのだが、生活費は自分で稼がなければならないので、バイトも週五で入れた。

自分の入った美大だけなのかなんなのかどうにも同級生や先輩には鼻持ちならないひとが多くて、中京から来た自分はそれ程、センスや知識がない方ではないと思っていたのだが、その方たちはそんなことはないけどきみは井の中の蛙だよとやんわり・遠回しに言うのが得意で、こういう時にフツーの女子ならば対抗したり、傘下に収まるだろうが、斗美はバイトに精を出し、課題の美術史と方法論の授業に力を注ぎ、彼らから距離を取った。

本屋や映画館が好きだったので、バイト先は当初そこいらを想定していたが、時給が安いので、コンセプトカフェで働き始めた。

まぁ、ちょいとハクがついたメイド喫茶のようなものだ。

女子校では背が小さいのに姉御肌だったから、女たちの園でもなんとかなるだろうと思ったが、ここが古参二人が勢力を二分してしのぎを削っていたので、良い職場環境ではなかった。

明らかにストレスを抱えた斗美を支えたのは店長だった。

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