第14話 川嶋美香 4
4
「いや、いいんだ。実験のために遠出をしたかったんだよ」
駅ビル内のチェーンの喫茶店。
目の前にいる女性はネット上ではハヤタと名乗っていたので、現実にこう会った時も「ハヤタさん」と美香は呼んだ。
美香が長身だということもあろうが、20代であろうハヤタの背は低く150台であったろうし、その眼鏡姿が更に年若く見せていた。
おまけに長い髪を三つ編みに束ねている。
だが、年上の貫禄のようなベールは持っていたので、美香は信用した。
急いで付け加えるのならば、ファーストインプレッションで、妙な感覚を味わった。
それは自分の知らない種族とのハーフではないか、と思えるような違和感であった。
ヤバい感じと云っていいものを感じたのだが、直ぐに気にならなくなった。
母親へ現時点で証拠をあげつらったり、父親や公僕に訴え出ても無傷であろうことは想像に難くない。
だが、このまま泣き寝入りだけは勘弁で、エスカレートした時のための保険が欲しかった。
(ただそのエスカレートした手段に出ても母親とあの男は尻尾は掴ませても無傷であるような手段に出るだろうが)
実際に興信所のHPをネットで見て回ったが、貯金がその年齢の女子高生よりは多い美香に払えない額ではないものの、使わない可能性が高いものに金を出すには気が引けたし、いくら卑劣な親とはいえ、興信所に母親の調査を依頼する行動がその憎むべき母親と同類にするような気がして気が引けた。
そこで、ネットのマイナーな匿名掲示板でかなりのフェイクを入れた話を入力した後に、その男と母親の関係を探って、証拠を集めてもらいたい、勿論現金を支払う、という内容を入れて、唯一、レスポンスがあったのがこのハヤタであった。
直にメールでやり取りし、この時点で、望遠レンズで撮影した写真も送っておいた。
美香は「では、よろ」とまで云い掛けた時に、ハヤタはUSBを一つ美香に渡し、「それにもう全て入っているよ」と云った。
それを直ぐに自分のノートPCに差した美香は開けるとそこには、あの男の名前や住所や経歴、工場に二人がいつ入社したのか、それどころか、母親の結婚以前の経歴まですべて乗っていたのだ。
「な、あ、え?」
美香、言葉として成立していない。
「私の調べた限りではきみの母親とあの男には肉体関係はないよ。それに入ってない情報といえば、それくらいだな」
呆然としているが、美香はようやく口を開いて、「謝礼です」と封筒を渡した。
中には十万円入っている。
メールのやり取りで決めた金額だった。
「ふーん、私には必要ない金額なんだけど、きみは受け取り拒否を許さないタイプだろう?」
「はい、約束ですから」
そのわずかなやり取りで、二人は直ぐに打ち解け、親密になった。
「外出ませんか」と美香がハヤタを案内したのは大通りの長い公園だった。
外に出たのは、フェイクを入れた自分の話の本当バージョンをハヤタに聴いてもらいたかったからだ。
ソフトクリームを奢るのも美香だ。
「そうか、実際の話の方がキツいな」
「でもフシギです。当事者なのに、ハヤタさんには自然と話せます」
「それは家族や学校という共同体以外のヒトだからだろう」
「いえ、ハヤタさんが素敵なひとだからです」
ハヤタは笑顔とほんの少し釣り上げた右横の唇で答えた。
「これからどうするの? いや、高校卒業しても北海道に残るの?ってことね」
「ハヤタさんはずっと東京なんですか? 二年後も?」
「うん、多分、そうだと思う。今かなりヤバいことに噛んでるから」
「私、行きますよ。東京に進学します。何か理由が欲しかったんです。単純になんとなく憧れて上京ってイヤだったから、ちょうどいいです」
「じゃあ、待っているよ。そろそろ行く」
そう云われ美香は名残惜しさを感じたが、それよりハヤタが駅のターミナル駅と反対の方を目指しているのを見て、咎めた。
「いや、山の方にジェット・ユニットを置いたから、いいんだ。それより、これは言うかどうか、迷ったが、きみの弟も母親にかなりの酷い目に遭っているから、それ、使えるよ」
緑児は半年前の美香が襲われる未遂事件から、彼女をなんとなく避けていた。
だから、『これを読んで』とスマホではなく、PCの方にハヤタから貰ったUSBのデータを送って、一時間後に『レス下さい』、と更に送った。
メールではなく、自室に緑児が実際現れた。
「お姉ちゃん、ごめんよ、お姉ちゃんを守れなくて、多分そんなことがあったんじゃないかと思って、ずっと苦しかったんだ」
「緑児がそう思ってくれているだけで、いいんだよ」
そう云って、美香は緑児の手を引っ張り、抱きしめ、頭を撫でた。
「もう、お母さん、イヤだよ」
「そう、あの人は母親以前にひとではない怪物よ。自分では一切気づいてないようだけど。あのファイルの読んだ通りよ。だから緑児、二人であのモンスターを退治しよう!」
「いい、けど」
「あなたも、何かあった?」
緑児、表情が急にこわばる。
それから20分程、美香は説得を続けた。
緑児は最後には折れ、ひと言。
「お母さん、僕のおちんちんをしゃぶるんだ」
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