第12話 川嶋美香 2



    2



小学校時代の副会長・会長業務が評価された内申書が功を奏したため、美香は私立の中学に入学していた。

そう言われてみれば旧態依然としていた小学校の自治運営を全て今様に仕立て直したのだ。

小学校の児童会にそんなに自治権があるハズがないのだが、建前すら更新されていなかったものを美香が変革したため、実質、全二期川嶋政権と言われた。

ここで説明が必要だが、美香は所謂権力欲があるワケではない。

いや、まったくないこともないのだが、それより、こうすればラクだし・すぐ終わるのに、なんでこうしないんだろう、というものをまさにそう思うからこそ、簡単に変革できるし、躊躇がないのだ。

権力欲とかよりもその簡単に思い・躊躇いがないことを実施する快感の方が、美香には強い。

中高一貫の学園で、中学にも生徒会はあるものの、高校にあるそれの下部組織のようなものだから、まずは小学校に続き中学の生徒会には所属はするものの、小学校の時のように目だたぬようにしようと思っていた。

いきなり目を付けられて、今までの経験から敵を作りたくなかったし、小学校と違い中学校だと活動範囲も広がる、その範囲には仲良い友達と行きたい場所、読みたい本もある、だからとりあえずはその環境に慣れるようにした。

するとフシギなことに異変が美香の周囲から激減した。

異変とは、ロールキャベツで包み込むために使う楊枝が美香の分だけ鉄製の針になっていたり、雨の日にようやく気づいたことだが、美香の靴だけ人為的に穴が開けられていたり、とそういうことである。

異変と美香は心の中で呼んでいたが、つまり母親からの嫌がらせである。

美香は今では子供部屋を与えられていたが、夜中に母親がわざわざやって来て、耳元で「女のクセに大将気取って、目立って、汚らわしい」と囁いた時には眠り続けたフリをしたが、今までなんでこれ程の嫌がらせを受け続けられるのかがフシギだった美香にはようやく理解ができた。

―母は、女だてらに児童会で要職を歴任し、改革していく自分の言動を嫌っていたのか。

だがそれを改めようとする美香ではなかった。

それは私利私欲でなく、やれるからやっているだけのことで、誰からも、親からも咎める筋合いのものではなかったからだ。

それがちくちくと進む中、父親はまったく気づくことなく、美香が中学に進学した折には小学校二年生になっていた弟・緑児も勿論、同様であった。

父親と弟が本当に母親の自分への蛮行に気づいていないのかは美香には判らなかった。

なぜならば、美香じしんが実の母親からこんな卑劣な嫌がらせを受けていると認めたくなかったからだ。

決してひるんだワケではなかったが、小学生の児童会の時のように表立った行動に美香が出ることはなかった。

それは一つに、中学校の生徒会では学園祭や体育祭の運営等の雑用しかなく、その会長や副会長はいるにはいるが全校生による選挙でなく、会内の合議によって決まる。

美香はここで三年間、書記にとどまる。

代わりに、デカいイベントにかこつけて、学内でコネクションを増やし、それどころか道内の中高に伝達網を張り巡らせるよう努力した。

高校生になった時に、それを幾人からの教師から左翼思想の運動と取られたが、美香としては地域格差を埋めるために、例えば、A校で普通のことをB校で正すようなことに使う予定であった。

子どもの時からそうだったが、母親の緑児へのかわいがりが目に付いてきた。

それにはおそらく美香に対し、小学校後半の二年間、嫌がらせを続けて、今更謝罪もできないし、なんとなく娘と距離を置きたいがために息子に対して過干渉になった、という点も挙げられるであろう。

美香が父親にその過干渉が問題ではないか、というようなことを進言すると「母親って、息子は特にかわいがるもんだろう」というような意味しか毎回言わなかった。

正直云えば、母親の異常な気質を美香は理解していたし、二年間静かなるドメスティック・バイオレンスにあっていたので、母親から距離を取りたいのも美香も同じであった。

だから、自分より弟に母親が向かうのは好ましいことであったのだが、どう見てもそのかわいがりによって、弟がスポイルされているように見えたことが美香には気がかりであった。

生気を抜かれたように見える弟を見て、父親に再度進言しても先のようなコメントを残してだんまりである。

そこで弟に「緑児さ、大丈夫、お母さんにイヤな目に遭ってない?」と問うたのだが、彼はうつむくだけて、表情さえ見せなかった。

高校にそのまま進学した美香は既に生徒会の中心にいた。

この高校には会長の下に〈会四役〉という役職があって、それは副会長、体育会長、文化会長、イベント室長であったのだが、その四人とその下部組織に美香は強いコネクションを持ち(その折に彼女の道内学校間トラフィクスは重宝された)、信頼を強めていた。

イベント室とは生徒会の内部組織で、主に学園祭や体育祭、卒業式・入学式や学校説明会を仕切る役で、その場を利用して他校との交流を深めることもできるので、美香は最初の一年生の時に、ここで活躍し、下級生や他校生の信頼も築いてきたのだ。

高校は三年生後半は引退であるので、一学期の終わりに、一年生から副会長、二年生から会長を全校選挙する仕組みである。

まさにあの小学校時代の副会長選が近づいたような状況であり、美香にはそれを母親の蛮行の再現がなされる引き金と見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る