第2話 賀籐兄妹 2
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音矢、兄のこと、は父親と元の家にそのままとどまり、弓は母親と世田谷にある大きな公園の近くの広めの賃貸に移り住んだ。
母親の実家がある中京に帰る話もあったが、弓の中学は私立だったので、高校は内部進学であるから東京に残ることにした。
そして母親はただ遊びで家出していたワケでなく、昔の職場のツテでニュースサイトの運営に関わっていたため、都内に残る必要があった。
家庭と違って学校での平穏は保たれた(苗字はそのまま通名として使うのは許可された)かのように見えたが、家族が崩壊した家の子どもというのはどこか暗さを帯びるもので、いじられたりしているワケではないが、弓はどこか教室で浮き始めていた。
高校もエレベーターでそのまま学年全体が繰り上がるから、この学年とは更に3年は同じ、この事に弓はいささか苦痛を感じていた。
『にいちゃん、まだ料理してんの?』
すると兄とのLINEの回数が増える。
『料理はいい。いい気分転換だ』
兄は別の中学だが同じくそのまま高校に上がれるのに、もう大学受験を視野に入れ、よく勉強をしている。
その気分転換なのだ。
『気分転換ならさ、今度の日曜に原宿付き合ってよ』
賀籐音矢は料理とゲームが趣味の優等生というキャラで学校では通っていた。
それが竹下通りにあるケーキ食べ放題に居るというのは苦痛であった、最初は。
LINEでは毎日5回ほどやり取りする妹であるが、会うのは久しぶりだった。
「前に来た時にさ、友達たちと見つけて、フリで入ったら、もう予約でいっぱいです、って言われた。だから悔しくて又来たかった」
妹はその友達たちと又来たらいいのにと音矢は思うのだが、自分がイニシアティブを取ることが苦手なタイプとも直ぐに思い出し、引っ込み思案で云えなかったのだろうと、推察した。
外食しなくとも元の家や、弓の住む部屋に行けばよいのだが、両方試してみたが、父親も母親も、相手が今どうしているかは気になるらしく、嫌味混じりでその受け応えをする態度に兄と妹は嫌気がさしていた。
だから、なんとなくたまに2人で会うようになっていた。
「両親が離婚した家なんて他にもあるだろうに」
弓が教室で家族の話がし辛いと云った答え。
「うん、笑い話に巧くできるコたち、ね」
―そう、おれの妹はできないんだ。
そして、弓も兄にそう思われていることに気づいたのか、間を埋めるかのように、席を立った。
戻ってくると、弓の両手の皿2枚には大量のクリームケーキにパイ、ババロアにシフォンケーキが盛られていた。
「すげぇな」
「にいちゃんはパスタかカレーライスを食べてくるのがいいよ」
そのように音矢がすると、口の中の甘さが中和されるかのようだった。
食べている最中に、又中座していた弓が戻ってくると、ミートソースとトマトソースが相がけになったスパゲティを手にしていた。
「ええ! 大丈夫かよ!」
「甘いもの辛いもの、甘いもの辛いものを交互に食べるのさ」
「それだと無限に食べられるワケだ!」
「うん、だからにいちゃん、今度は甘いものだ!」
音矢はここに来て良かったと思った。
妹が笑っている。
前に自宅の遊びに来た時は両親の夫婦仲が最悪だったとは云え、子ども時代に楽しいこともいっぱいあった家、やはり想うところがあったのか、暗さが目立った。
その上、父親が妹に愚にもつかない質問しかしない。
そう、音矢は父親とソリが合わなかった。
あと3年で大学生だから、家を出る。それまでの辛抱だと思っていた。
「音矢、おまえ、男なんだから料理する必要ないぞ。せめてオレの分はいらない」と父親に云われてからは、会話もほぼなくなった。
ゲームの貸し借りやゲームで対戦する友達はいるものの、じゃあ、休日でも会うかと問われれば、そこまでの友達はいなかった。
―笑ってくれて、良かった? 違うな、おれ自身も楽しいから良かったんだ。
今日の弓はめかしこんでいる。
同じ家にいたから判る。この衣装は嬉しい時に着るワンピースだ。
それに対し、自分のはいているのは、メーカー品でもないダサいジーパン。
こんな華やかな店には場違いなことに気づき、音矢は恥じた。
「弓子、この後、おれの着るものを選んでくれない?」
「うん、実は駅で会った時からそう思ってた!」
2人して笑った。
2人はお互いの必要性を深く知った。
週末の土日のどちらかに必ず会った。
音矢も弓も友達に本音で話せる相手がいないかったのだ。
弓は今まで興味無かったメイクを覚え始めたし、音矢も着るものや髪型に気を配った。
それはかわいく・かっこよく見せるというよりは、一緒に歩く相手に貧弱なパートナを連れていると思われないための気配りだった。
そんな関係が半年続いた後、2人は口づけを交わした。
いつも妹の最寄り駅まで送るのだが、その改札で、だ。
いつ母親が来るかもしれない場所である。
お互いに別れる時に、キスしたいという気持ちがあり、相手もまったく同じ気持ちだったことも知っており、それが数か月続いたためにもう気持ちが抑えられなくなったから。
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