ダンジョン配信6話目


 ワープクロップを急いで使用し、自宅へと戻る。柑橘レモネードの正体は、本当に衝撃的なものだった。


 「あれはだめだわ」


 見た目こそ同じだが同一人物だとは思えない。

 どうして裏と表であそこまで差が開いてしまったのであろう。そのようなことを思いながら、掲示板をチェック。誰も話題にしていないかを入念に確認しなくてはならない。悪魔がささやく。あのまま配信を切らなければ俺の配信が話題に上がっていたんじゃないの。

 イイやそんなことは倫理に反する。人を利用するなどそんなことはしない。絶対。


 ダンジョンライバーについて語り合うスレ総合325【運命】。


 467;間食ちゃんオワタ。


 468;イレギュラー中のイレギュラーモンスターじゃね。デススライサーなんてユーマ並みの都市伝説モンスターだぞ。なんで上層の三階に現れてんの?


 469;つぶやいとのお気持ちコメント止めてくれ。まだ死んでねえから。


 470;間食アンチ大歓喜。


 471;マジで不謹慎だからやめろや、お前らマジでクズやな。


 472;ファンは配信画面を閉じた方がいい。ここも見ない方がいいよ。


 どうやら俺の配信に関しては何事もなかったかのようで一安心。しかしそれを上回る大事件が訪れているらしい。俺は恐る恐る間食ちゃんの配信をクリックする。


「ドウセツ50マンっ!?」


 そこには驚異の同時接続数と見たことのないモンスターと戦う間食ちゃんが画面に映し出されていた。


「なんだ……このモンスター?」


 配信越しでも感じる恐怖心。まるで死神のような風貌に巨大な千切り器を手に持ち、ドクロの仮面を付けている。千切り器には緑色の血がこびりつき、R18のゴブリンの死体が傍らに転がっている。


 〇マジで逃げてくれ!

 〇絶対叶わないからにげっろって!

 〇逆に料理されそうで草。


 間食を心配するあまり誤字の文章を打つファン。そこに野次馬も関わり、いつもの配信の光景はどこへやら。間食ちゃんは驚異的なスピードでデススライサーの背後を取るが、ムワッと霧のように消え、渾身の一発は空を舞う。

 俺は空気を吸うことも忘れ、無事を願い続ける。俺は君の配信に救われたんだ。絶対生き延びてくれ。

 会社の上司に説教され、俺は社会のお荷物だと分かった日の帰り。心がズキズキと痛み、忘れようとするほど上司の言葉が頭をぐるぐるぐる。でも間食ちゃんの配信を見ている間は現実を逃避することが出来た。

 

 〇援助隊は来ないの?

 〇死ぬらしいから来た。

 〇心臓おかしくなりそう。


 彼女の肩にデススライサーの波動玉が直撃する。ブシャッと流れ込む血。血の気がゾワッと引く俺。その時だった。俺の頭にあのメッセージが表示される。


「ワープクロップを使用し、デススライサーの元へ向かイマスカ?」


 一瞬頭が真っ白になる俺。自分が彼女を助ける?どう考えても無理な話である。ゴブリンにすら逃げ出すような俺が助けに行っても足を引っ張るだけ。でもここでひとつ考えたのは俺自身を盾にして彼女を逃がすという方法である。


「だめだ。逃げちゃ……」


 ここで助けに行かなければ俺の脳ミソに深く後悔が染み込むのは間違いない。でもこれは「死」か「生」かどちらを選ぶ?と拳銃を突き付けられているようなもの。


 〇マジで誰か助けにこい!誰でもいいから!

 ○お前がワープクロップ使って助けに行けよ!

 〇はあ?4ねよ。

 〇お願いです。冒険者の方、自分は行けますという方お願いします。私の生きがいを助けにいってください。

 〇英雄になるなら今やぞ。


 「ワープクロップを使用し、デススライサーの元へ向かいますか?」

 「……ああ、よろしく頼む」


 俺は親に押される形で配信者になったが、世間に自分の有能さを見せつけたかった。それを見せつけるチャンスだと頭がご認識してしまった。今度はコメントの勢いに押され、ワープクロップを使用。俺がドウセツ50マンの配信に晒されることとなった。


 目の前には満身創痍の推しがいて、背筋が凍結するようなデススライサーが立ちはだかっていた。配信越しで見るよりも何倍も巨体なそれは、ゴブリンの肉をむしゃむしゃと喰いながら自身の体力を回復しているようであった。


 〇お!形勢逆転なるか!

 〇どこの配信者!?

 〇いや見たことない。おそらく無名の配信者か、趣味のダンジョン好き。


「き、来ちゃダメ!」

 彼女は俺を手で制する。肌は傷だらけで、回復薬も使い切ったようであった。

「どうして来たんですか?あなた自分が何やってるか分かってます?」

「へ?」

「だから配信を切りたかった。絶対君のような無謀なファンがいるって思ったから」

 その時、啞然とした俺の背後にデススライサーがワープしてくる。金縛りの様なナニカに押さえつけられ、体が動かなくなる。「危ないッ!」と叫ぶ少女の声が遠くに聞こえる。死ぬ。結局何の役にも立たなかった。ただ怒られただけ。


「ダイナマイト・ボンバーを使用して!」


 ダイナマイトボンバー。それは自身を爆発させ、相手に大ダメージを与えるスキルである。間食ちゃんは俺の背後にいるデススライサーへ突撃。その直後、けたましい爆発音が鳴り響く。頭が理解しているのに頭が理解をしてくれなかった。背後を振り向く。

 そこにはデススライサーのドロップアイテムだけが残されていた。

 

 結局俺は無能だった。配信を始めてみてもドウセツは底辺。配信切り忘れしたふりをしても運の悪く有名同業者がオフの日。有名配信者のピンチを救うどころか、逆に殺してしまう。


 そして俺の傷を抉るようにグリッド・ブレインのせいで俺の脳裏にコメントが映し出される。


 〇よえーならくんなカス。

 〇お前のせいで死んだんだけどどう責任取ってくれんの?

 〇期待させて落とすとかなにそれ。

 〇これ現実?

 〇この人に落ち度はないよ。

 〇死体も残らないから葬式すらできない。終わってる。

 〇こいつの名前拡散しろ。


 文字文字文字。コメントコメントコメント。俺はもうそんなのどうでもよくてただ悲しんでいた。推しが死んだ。その事実に。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る