第2話
なじみの医者は鎮痛剤を大量に出してくれていた。
おかげで陽唯の身体の痛みは去っている。
一方で、いつものように打ちすぎているので、感覚は鋭敏になり頭は回るがどこかぼんやりとしていた。
部屋にはベッドと洗濯機に冷蔵庫しかない。
それと一つのランタン。
十二階なので、カーテンもない窓からの夜景はそれなりに綺麗である。
酩酊したような感覚でTシャツ一枚の彼女は窓辺に座っていた。
「史織かぁ……」
手元のディスプレイに、彼のデータが浮かんでいる。
少し緊張気味の写真は高校入学時の願書のものだ。
経歴や論文などスライドしてゆくと、意外と見るべきものがあった。
しかも彼は指揮師である。遺物を操作する能力があるのだ。
急にビジョンが切り替わる。
「陽唯、言っていた奴らを見つけたぞ」
一見、特徴のない青年だ。あえて言うなら、眼光が異様に鋭いところか。
「随分、掛かったね」
「後ろと交渉してたからな。データ送る」
脳内に入ってきたのは、史織と出会った時の男三人組だった。
「ありがとう」
陽唯の声はあくまで落ち着いて静かだ。
「こいつらだけにしておけ……」
言い終わらない内に彼との通信を一時強制拒否にする。
病院で医師に言われたセリフは、一年以内だった。
彼女は着替えを始め、出かける準備をした。
彦根組。
鉄筋コンクリートの四階建ての事務所だった。
裏には別の名前で広い二階建ての古い建築様式な家が並んでいる。
パーカーを着てプリーツスカートの下にレギンスを履き、大き目のヒップバックを二つ下げた陽裕は、裏ほうの玄関に立つとインターフォンを鳴らした。
『どちら様で?』
小さなスピーカーから声がした。
「陽唯と言います。落とし前をつけに来ました」
『ご苦労様です。事務所に回ってくれますか?』
「いえ、こっちで」
『……わかりました』
ドアの錠が開く音がした。
陽唯はヒップバックからナイフを抜いた。
スニーカーのまま、廊下を歩いてゆき、リビングに入った。
中には、少年三人が床に正座してかしこまっている。後ろの一人掛けチェアーに中年の男が一人、座っていた。彦音組組長である。
「どうか、軽く叱ってやってください。あなたが宮原組の方だとは、まったく知らなかったもので……」
彦根は卑屈ばる様子も見せずに、日常の口調といった様子だった。
「隣の部屋の人たちをどっかに行かせていただきますか?」
「……おっと、これは失礼」
気配が遠のく。
だが、気休め程度だろうと陽唯は思った。これ以上は無理だ。
陽唯は少年たちの前を素通りして、彦根の前に立った。
「古御名(ふるみな)は知ってますね、彦根さん」
彦根は目を丸くした。
急にその名が出てくるとは思わなかったのだ。
「この三人は明らかにあたしを知ってました。指示したのは古御名でしょう?」
「……いやぁ、そういうわけでは」
彦根は態勢を整えて、冷静に答える。
陽唯は無表情だった。
「どうせ中央に行けないで使いっ走りに使われてるだけなんだから、吐いてよ。直で指示してきた人は誰?」
「これは鋭いお嬢ちゃんだ。なら俺がこんな半端な連中三人で済ませたのもわかってくれるはずだが?」
「わからない」
即答だった。
彦根は頭を掻く。タバコを一本抜いて咥えるとジッポライターで火をつけた。
「あんたらも、ちょっと連絡とっただけで首差し出すような親父は見捨てて良いと思うな」
陽唯は三人の少年にちらりと目をやった。
それと同時に、素早く彦根の頬を皮一枚、ナイフで切った。
「痛てぇ! てめぇ、なにすんだコラ!」
大声を出した首の真横に刃が当たるようにして、椅子を刺す。
「あたしを狙わせた奴の名前」
顔面を近づけて、語気強く彦根に聞く。
「……おまえ知ってるだろう、それぐらい」
「あんたの口から聞きたいの」
やれやれと彦根はタバコを吸った。
「井伊会からだよ。鳴たわせた以上、何かしら責任取ってくれるんだろうな?」
「さあ。知らないかな」
陽唯はいたずっぽく言って、きびつを返した。
「じゃあね、君たち」
三人の少年に軽い挨拶をして、彦根の家から陽唯は出て行った。
宇富久市にある井伊会にある、畳敷きの応接間には、井伊岳於(いい たけお)は若頭と、一人の男に対面していた。
「今回は、警部補を古御名に招待しようと思いましてな」
壮年の岳於は、歳を考えさせない堂々とした口調だった。
西野清周は黙って座布団の前におかれた茶に口をつけた。
古御名とは、大堵谷県に元々あった巨大兵器の名前だった。大戦が終わり、古御名は地下に隠されたが、乗員たちは県内に散っていた。
やがては県のフィクサーたちの集まりのことを呼んでいた。
「警察からは元県警本部長以外は初めてのケースですよ」
「光栄ですな」
清周は落ち着いていた。
「それで、あなたに頼みがあるのです」
「何でしょう?」
「架和井燈月(かわい ひげつ)という女が、ウチにいるんですが。まぁ古御名にも参加してまして。このコを処分してもらいたいのです」
いたって普段通りの口調だ。
「詳しく知りたいですね」
「燈月という少女でまだ十代なのですが、異形狩りで電子呪禁道を使うんです。彼女は彼女で、我々とは違った考えで動いている気配があるのですよ。先日、古御名の乗員を殺したのも、彼女なのです。乗員というのは霧名方麻衣子という人物です」
杭打ち魔の犯行と断定された殺人事件だ。だが、岳於は燈月の仕業だと口にした。
「わかりました。では、さっそく調べてみます」
清周は青白い顔に不気味な笑みを浮かべて立ち上がった。
「別に参加条件と言う訳ではありませんので、気楽にやってください」
背中に言われ、清周は振り返って軽く一礼した。
史織たちは、左時に助けられてその指示を時々煽いでいるが、目的を知らない。
百鬼夜行が終わり、しばらく自宅で休むと、彼は芽衣を連れていつもの神社にいた。
左時は昼間からビールを飲んでおり、上機嫌だった。
史織は聞いてみた。
「……ん、なんだ? そんなもん、小遣い稼ぎに決まってるだろう?」
絶対に嘘だと、史織も芽衣も確信していた。
警察沙汰にまで首を突っ込んでるんでる男だ。何かあるに違いないのだ。
だが、左時は韜晦して話さない。
「まぁ、今感心があるのは、杭打ち殺人だけどな」
「それは知ってる」
左時の指示で、杭打ち殺人についてはかなり調べた。
結論として、被害者たちにはつながりがない。成人ばかり狙っているが男女関係ない。
心臓部に杭を打たれているという点だった。
杭を打たれることについては、幾つか想像できる。
被害者は皆、止めとして心臓を押しつぶしているというものや、犯人が狂信的に杭打ちにこだわっているというものといったところだ。
「結局、あたしたちアレにはほとんど何も知らないのよねー」
芽衣が疲れたように柱にもたれる。
「おまえの親父経由なら、何かわかるんじゃなねぇのか?」
鳴嶋戴汽の涼正会の名をだした左時は、芽衣に睨まれた。
「ウチのお父さんのことは、わからないね」
強い声音で、はっきりと言う。
芽衣は父親も稼業も嫌っていたのだ。
「もし、親父さん経由で発見があれば、丁度いい復讐のネタになるんじゃねぇか?」
わかっている左時はすっとぼけた様子だった。
芽衣は悩んでいる様子だった。
「あー、じゃあ俺が行くよ」
史織が汲むと少女に、がしっ、っと肩を掴まれた。
「待ちな坊ちゃん。あの親父のことは任せてほしい」
低い、おどろおどろしいほどに無理やりな口調の芽衣だった。
「……あ、ああ。それなら……」
あまりの迫力に史織は負けた。
「史織も来て」
彼女は付け加えるのを忘れなかった。
戴汽は直接現れなかった。
代わりに、樹維(きい)というスーツを着た青年が広い店内の個室に二人を呼んだ。
「親父さんは忙しいとのことで。わたしで申し訳ありませんが」
樹維は芯が強そうな物腰だった。おそらく二十前後。芽衣は一目で戴汽が気に入りそうな青年だとわかった。芯があり、自分があり、そして忠実。
「杭打ち事件の話でしたね」
彼はモカブレンドを前にしていた。
芽衣はどこかホッとしたかのようであり、怒りを押しつぶしているようでもあった。
三人とも、同じモカブレンドを頼みつつも、口にしているのは樹維だけだった。
「伊蘇実(いそみ)大学を知ってますか?」
名前は知っている。県下の私立大学で最もランクの高いところである。特殊医療にも拘わる研究所を持つ。
「変な噂があるんですよ。その大学の研究所で、心臓を研究しているところがありまして。万が一、心臓が無くなっても生きている人間はは居るかという命題を研究しているとのことです」
「そこが怪しいと?」
史織がさらに話を促す。
樹維はうなづいた。
「不思議な儀式もしているらしいですよ。次はどんな人物が犠牲になるかとか」
事件への符号が多すぎる。
史織は怪しげな様子で聞くだけ聞くことにしていた。
ところが、話に乗ったのは芽衣だった。
「なにそれ、モロじゃん! ちょっと史織、行ってみようよ!」
「それだけ関わりがありそうなら、どうして警察は動いていないんです?」
ひとまず芽衣の言葉を置き、史織は疑問を口にした。
「古御名ってご存じですか?」
「はい。県の有力者の集まりですよね」
「そこに研究者が入っていて、元県警本部長と昵懇なのですよ」
「ああ、なるほど」
史織は醜いものを聞いたとばかりに眉をひそめる。
「あと、関わる気なら気を付けてください。そこの研究室の人間と左時さんは、犬猿の仲だそうです」
「マジですか……」
史織は一瞬、左時の関心が私情に基づいたものではないかと考えた。だが、すぐに打ち消す。根拠はないが、違うと思いたかった。史織は特別に左時を慕ってはいないが、だからこそ、彼の私情に巻き込まれるのは御免だった。
「ただ、警察は捜査してない訳ではありませんので、術とかそちらも気をつけてください」
樹維は指揮師と砲術師に釘を刺した。
「わかりました。ありがとうございます」
最後の言葉は鬱陶しいと、史織は感じたが礼儀は崩さなかった。
芽衣は一言もなく、立ち上がった。
「お嬢さん、お父上は特別あなたを気にしていますよ」
「わかってる。それ以上言わないで」
彼女は言い捨てるようにして背中を見せた。
「いよいよ古御名と接触らしい。最近、あっちは騒ぎが多いからな」
男は隣の同僚にビジョンを手元に滑らせた。
「派手なことにはならないだろうな?」
男は苦笑した。すでに派手な種は巻き散らかされている。。
何しろ、向こうはすでに人間ではないのだ。
「まぁ、準備はしておくよ。監視もわすれない」
「なら、ましだな」
二人の青年はそれぞれの部署にもどった。
大堵谷県の隣、三須賀県の県警本部だった
伊蘇実大学は、県の西部にあり伊蘇実市は完全に学園都市となっていた。
いわゆる科学の最先端という場所の一つだ。
術式は他市よりも使用が容易になっている代わりに、みだりに使った場合の罰則は厳しい。特別に設置された市警の装備は、最前線のように強力な態勢のもとに揃っている。
「うっわー、なにここ!? いかにもキャンパス・ライフっての楽しめそうじゃん。いいなぁ、うらやましい」
芽衣は列車駅から出ると、歩く街並みを眺めていた。
鼻歌を口ずさみながら、足取りも軽い。
「ねーねー、これってあたしたち大学生に見えるかな? あのお姉さん、大人ぽーいとか思われてるかな?」
小柄で華奢な身体にダボTシャツを着ている芽衣がはしゃぐ。
「……うん、そうじゃない」
「どうじゃないのさ?」
「あー、見える見える。お姉さん、色っぽーい」
棒読みで答えた史織だが、芽衣は素直に受け取り照れたような笑みを浮かべて頭を掻いた。単純である。
机に座っていたのは、眼鏡をかけて人好きのしそうな柔らかな容姿をした三十代前後の男だった。貴宇也(き うや)と書かれたホログラム付きカードを首から垂らしている。
真っ白な研究室は、これも白の遮光カーテンがあちらこちらに掛けられて、そのなかで助手たちが黙々と作業をしていた。
「君たちが、左時のところの子か」
笑みが妖しかった。
「はじめまして」
史織はあえて丁寧に出た。
芽衣は興味深げに周りのカーテンの奥を首を伸ばして覗こうとしている。
「伺わせていただいた理由はアポの方でも伝えましたが、心臓、そして杭打ち殺人の件です」
「それね。散々警察にも聞かれて説明するの飽きちゃってるんだよなぁ」
宇也は眼鏡の位置を直す。
切れ長の鋭い瞳が、二人をとらえた。
「左時のところの子ときいているが、面白いね君たち」
史織は見透かされていることに気付き、緊張した。芽衣は、ただちらりと宇也に目をやっただけである。
「左時と仲が悪いとききましたが。正直、僕も左時には良い印象がありません」
史織の言葉に、宇也は笑った。
「面白いね、君。なかなかどうして、趣味が合うというものだ」
宇也は何度もうなづく。
「今はどのような研究を?」
「君は不死を信じるかね?」
唐突な質問だった。
「それは人間のですか?」
これもまた妙な答えだった。
史織はちゃぶ台や冷蔵庫が意思をもって道を歩いてゆくのを何度も見たのだ。
百鬼夜行というやつである。
宇也は当然というかのようにうなづいた。
「不死になると、すでに人間とも呼ばれないかもしれない。だが、わたしは見たことがあるのだよ、五百年は生きている者と多少の怪我では死なない者と」
宇也は背後の白いカーテンをあけた。
そこには一人の泥だらけな恰好をした中年男性が、十字の梁に手足を拘束されてさるぐつわをされていた。
何よりも驚いたのは、目はランランと狂気に近い目をしているというのに、彼の胸にぽっかりと穴が開いていることだ。
丁度心臓の位置である。
「この男は人間だが、実験では心臓なしでも動けることが確認された」
史織と芽衣は驚きで身体を動かせないでいた。
宇也は、小瓶をポケットから取り出す。
「ここに入っている自生神経網を発生させるチップ〈偽魂(ぎこん)〉を埋め込ば、この通りだ。まぁ、これは私が開発したものだが。そういえば杭打ち殺人の話だったね」
不気味に笑い、宇也は主題にふれた。
小瓶を白衣の中に戻す。
「殺された連中には確実に共通点がある。彼らは皆、死にかけで私の元に来て延命手術を施した者たちだ。人工心臓と偽魂のブレンドを仕込んでおいた。これからどうなるかというところで、皆、杭打ち殺人で殺された。どういうことだと思うかね?」
『喋りすぎだ』
突然、宙から声がした。
とたんに、笑みをうかべていた宇也の動作が止まった。
そのまま、人形のように動かなくなる。
「くっそ誰だよ。見てやがったな……」
史織は悔しそうに舌打ちして辺りを見渡す。
室内は異様に静かになっていた。
「あー、やべぇな。これ、ネットワークの連絡線を切られたぞ」
史織が苦々しく口にした。
ネットワーク連絡線を切られると、術が使えないのだ。
「この人、どうなったの?」
芽衣は机を回り、宇也の肩に恐る恐る触れてみた。
それだけで、人形のように彼の体は床に転がった。
「え? え!? なに!? なにこれ!?」
「予備電源持ってくればよかったな……つか、こいつ助手に何使ってたんだか」
彼女を無視して、後ろを振り向いた。
そこには助手だった者たちが、六人ほど、ゆっくりと彼らの方を向いて隙を伺っている。
皆、顔に表情がなく、瞳だけが輝いている。
素手でも、彼らを相手するのは難しいと、史織は思った。
「そんなもん……」
芽衣は拳銃を抜いて、二人の助手の体に弾丸を撃ち込んだ。
衝撃によろけるものの、それだけだった。
「参ったなぁ。学園都市ってところで油断したわー」
「そんなのどうでもいいよ。てか今、呑気すぎるでしょ!」
芽衣は思わず彼に叫んだ。
突然、カーテンの一枚があけられて、パーカー姿の少女が鉈で助手に切りかかった。 右腕が跳んだ助手は、バランスを失って床に転げた。
その首を横から撃ち斬り、遠くに飛ばすと、振りあがった鉈を二人目に降しに掛かる。
喉元まで頭蓋をかち割られ、腹部に蹴りまで入れられて、相手は倒れる。
「あ、あんた……」
「おひさしぶり」
陽唯は三人目に掛かる前に、史織に微笑んだ。
斬るというより叩き撃つといったほうが良い。
胴体を薙いで、腕を掬いあげるように切断して、もう一度胴体に刃を撃ち、両断する。
四人目と五人目も手ばやく慣れた様子で、バラバラにされていった。
「無事、だね?」
血の池に溺れた肉塊の床に、陽唯は立っていた。
凄まじく壮絶な光景だが、陽唯という少女の雰囲気が数十倍にやわらかくしていた。
「これからも守ってあげるから」
結局、研究室のネットワークが繋がる様子もなかった。
陽唯は素早く消えていた。
史織は、別の部屋から箱を持ってきた。縛った宇也を入れて断ネットワーク材で囲む。当然、不正規の死体配達業者を呼び、配送をたのんだ。
「でー、あの助けてくれたコ、誰だったわけ?」
学園都市の道を歩く芽衣は冷ややかな笑顔だった。
「あー、調べてくれ」
「もちろん、調べるよ! 徹底的にね」
好都合である。
「ついでに今回の事態にもね。宇也とその秘書のこと」
「わっかってる!」
芽衣は鬱陶しそうにしつつ、歩きながらビジョンを操作していた。
ちゃんと道を進めるようにするのは、史織の役目である。
しかし、あの謎の少女が自分を覚えていたのは意外だった。
「……あーもう! あのコ無理!」
電車の中で座席に座りながら、芽衣はため息にも似た怒気を放った。
「芽衣でもわからないか」
「だって、手がかり顔写真だけだよ? わかるわけないじゃん!」
不機嫌も極まっている。
「宇也のほうは?」
「そっちはまだ」
「いい息抜きになるかもしれないよ?」
「あんたが言わないでよ」
それでも、彼女は宇也を調べ出した。
「あー、そういえば研究室でちらっと声聞こえただろう?」
「うん」
「清周だよね?」
「うん。確かにそうだったね」
史織は言葉を飲み込み、それ以上何も言わなかった。
史織と芽衣を殺したのは、清周だった。
孤児の史織は遺跡漁りで一日を食いつないでいた。
彼は灯寓(とうぐう)という新しい未発掘な遺跡を発見して、過去の遺産を回収にきていた。盗掘である。
芽衣はたまたまその盗掘を取り締まりに来たところだった。
以前からお互いを警戒して知っていたが、話したことはなかった。
初めて言葉を交わしたのは、遺跡の奥で半死半生といっていい男を目の前にしたときだ。
「事故か? 大丈夫ですか!?」
史織と芽衣は立場も忘れて駆け寄った。
「逃げろ……」
男は二人に気が付くと、必死に声を出した。
「おっと、侵入者か。おまえらはどうせコソ泥とその一味だろう。鬱陶しい連中だ」
比べて若い長身の痩せぎすな男が傍に立っていた。
「だれがコソ泥だよ!」
芽衣は思わず声を大にしていた。
「逃げろと言ってる……」
男は必死に立ち上がろうとしながら、腕で彼らを振り払うようにした。
「でも……」
芽衣は二人の男を見比べる。
「まぁ、死ね。ここはおまえらみたいなのが来るところじゃない」
若い男が言ったとたん、
芽衣の身体が炎に包まれ、爆発した。
茫然として見ていた史織も、また原型をとどめないほどに炎の中で粉々になった。。
「……クソが」
死にかけていた左時は呪文を唱えて印を結んだ。
肉塊となった少年と少女が、再び元の姿を取り戻す。
「反魂か。邪法も使えるのだな」
「それだけじゃねぇよ」
史織は若い男を睨むと、指をあちらこちらと差してまるで、誘導するように動かした。
遺跡内部で何かがひしめいた音が続く。
男の周りに、半ば腐ったような兵士がライフルを握って何体も現れる。
「……ほう」
男は慌てずにこちらも印を結んだ。
何故か、左時の怪我が急速に癒えて行く。
左時はその意図を汲むと、少年と少女を引っ張って遺跡の奥から出口に駆けだした。
「ちょ、まっ!? やれたのに!」
史織が不満そうに口にするが、左時は鼻を鳴らした。
「アレに妙なことをすれば藪蛇になるんだよ、クソガキが!」
外に出た三人だったが、芽衣の引きつれてきた男たちは、まるで存在しないかのように、外でぐだっていた。
「あんたらねぇ、もうちょっと緊張感を……」
「無駄だ、今はまだおまえらの姿は人にもみえない」
「どういうこと?」
「まぁ、ついてこいや」
そうして、史織と芽衣は自身たちに起こったことを説明されたのだった。
『おい、おまえら何した?』
左時から帰り道の二人の眼前にビジョンが現れた。
「え、どうかした?」
芽衣は彼の呆れたような声だが、芽衣にはまったく覚えがない。
『ほれ、これだ』
もう一枚、ビジョンが開かれた。
映像では路地が走る住宅街が炎に包まれている。
「何これ?」
『出火元は、おまえらが依頼した運送屋が元だよ』
芽衣と史織は互いに顔を見合わせる。
『ついでに言うと、なんかどでかいものまで出てきてるぞ。世間じゃ違うもんにされてるが、多分、宇也の奴だ。どうにかして、ちゃんとこっちに連れて来い』
「あーあ。じゃあ行くか」
史織は明らかに面倒くさげだ。
「面倒なら手を叩こう。ついでに面倒も叩こう。もうあるもの全部叩こうよ。面倒なら手を叩こう」
芽衣が妙な歌を唄いだす。
「ああ、もう全部ぶっ壊すわ」
史織は半ば自棄に気味に吐き捨てた。
常に開いていたニュースのビジョンでは、炎の中から現れた巨人を古御名の守り神である録主(ろくす)と紹介していた。
交通規制がされているところまで二人が来ると、異形狩りが時折突入していってそのまま弾き返される場面が何度か目に入った。
史織はすでに辺りの地理を調べていたが、地図を映したディスプレイはそのまま大事に開いたままだった。
「これは、芽衣にちょっと頑張ってもらわないとなぁ」
立っているところから、黒い身体に時折赤い光を走らせる巨人に、史織はつぶやいた。「まーかせて」
「その前に、住民の避難だ」
史織は地図を見ながら、指揮師としての能力を使った。
あらゆるものを操る術。この場合、逃げ遅れている者や余計な野次馬も含まれる。
彼らを外部から影響させて身体の自由を史織の意図のものとするのだ。
人々を現場から遠ざけると、史織はしばらく録主と呼ばれるようになった宇也を見上げた。
「まだー? すっごい暴れてるんだけどー?」
宇也はゆっくりと辺りを徘徊しつつ家を破壊して爆破していた。
「あとちょっとだよ、芽衣」
彼女には、史織が何を待っているのかわからなかった。
マスコミや野次馬が沸くように集まり、ヴィジョンでは映像とともに録主の特集が組まれていた。
「そろそろいいか。芽衣、頼む。俺は回収に向かう」
「了解!」
芽衣は宇也の周辺にある銃器を全て支配下に入れた。
野次馬の分もある。
「撃てぇ!」
彼女が叫ぶと、宇也にあらゆる方向からあらゆる光景の弾丸が放たれた。
「止むな。倒れるまで射撃し続けて!」
史織にも似た凄まじい支配力で、銃という銃、砲という砲を意のままに宇也に撃ち込ませる。
宇也は、もがくように身体をくねらせて悶えた。八つ当たりのように足場の建物を蹴り壊し、言葉にならない声を上げる。
移動する動きの止まった宇也に、史織は準備していた二キロ先にある大戦の廃棄物が大量に埋まっている遺跡と、意識をリンクさせた。
そこから発射可能なまだ生きている大量のロケット砲を動かして、宇也に向けて発射させる。
煙が尾を引いて真っすぐ飛んでいくと、宇也に接触した大爆発を起こした。
芽衣の辺りからは、どよめきがあがった。
濛々たる煙の中に巨大な影は消えて行った。
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